台南にある国立台湾歴史博物館で食文化に関する面白い特別展が始まりました。「数味食光:台湾飲食記憶特別展」では、15のキーワードから台湾の人々の記憶にある「食」のストーリーが展示されています。旅行で台湾を訪れる日本人にはあまり知られることのない、新たな台湾の食の姿を発見できる特別展です。
国立台湾歴史博物館について
開館時間:9:00~17:00(月曜休館)
特別展開催期間
2025年3月11日(火)〜2025年11月9日(日)
数味食光:台湾飲食記憶特別展(公式ホームページ)
国立台湾歴史博物館は台南の安南区にある博物館です。台南駅や主要観光スポットのある中西区とは少し離れており、タクシーで20分程度(YouBikeで30分程度)かかります。
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国立台湾歴史博物館常設展 |
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数味食光特別展 |
「数味食光:台湾飲食記憶特別展」は博物館の4階にある展示室で、2025年の11月9日(日)まで開催されます。
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数味食光特別展 |
この特別展は次の15のキーワードから、台湾に暮らす人々の記憶にある「食」のストーリーが紡がれていきます。
「#よろず屋」「#伝統市場」「#スーパー」「#台湾式レストラン」「#カフェ」「#かき氷屋」「#料理一つで自分を語る」「#記憶は調味料 (#馬祖の味 )」「#海を渡る」「#伝統的な型」「#アメリカ支援の小麦粉」「#中華美食大使」「#民主厨房」「#国宴料理」「#台湾小吃」
今回の記事では、この中から特に印象に残ったいくつかのキーワードを取り上げて、所感などを綴っていこうと思います。11月まで開催していますので、ぜひ現地へ足を運んでみてください!
人々のルーツが味の多様性を生み出す
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#料理一つで自分を語る |
興味深かったキーワード一つ目は「#料理一つで自分を語る(#一道菜說出我是誰)」。当ブログやTwitterを見ている方はすでにご存知かと思いますが、私は台湾にある異国料理に興味があります。台湾には様々な理由で移住して来た人がおり、従来の4大エスニックグループという大きな枠組みでは捉えきれないような多様性があります。
このコーナーでは、台湾の原住民族・客家・眷村に住む外省人をルーツに持つ人・新住民の食が語られていました。新住民と一言に言っても、どこから来たのか、どのような文化背景を持つのかで「食」も当然異なる様相を見せます。
展示されていたのは台湾に結婚移民として移住した亡命チベット人男性の「食」と、インドネシアは西カリマンタンのシンカワン(山口洋)出身の客家人女性の「食」。
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台湾に暮らす亡命チベタン男性の味「ツァンパとバター茶」 |
当ブログでもたまたま過去に在台チベタンや、新竹や桃園などに見られるシンカワン客家の食堂の話は記事にしているので、今回博物館でも取り上げられていて嬉しかったです。
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シンカワンの客家女性の味「菜包」 |
インドネシアのカリマンタン島西部の町・シンカワンは華人の割合が多く、特に客家系のルーツを持つ人が多いと言われています。1970年代頃には結婚移民として台湾の新竹や桃園に住む客家人男性の所へ嫁ぐシンカワンの客家人女性が多く、現地で故郷の味を提供する食堂を開く方もあり、台湾の客家とは少し異なる南洋の客家の味が根付くようになりました。
美援(アメリカの支援)による麺食文化の普及
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戦後アメリカの支援物資である小麦が、台湾に麺食文化を広めた |
これもまた当ブログで過去に取り上げた「アメリカによる小麦の支援で、戦後の台湾で麺食文化が広まった」お話。
国立台湾歴史博物館には常設展にも当時の小麦袋を再利用して作った子供用のズボンが展示されているのですが、今回の特別展ではさらに詳細に当時の政策や、それにより生まれた新しい食文化が語られていました。
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台湾初のインスタントラーメン「生力麺」 |
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誕生日ケーキもこの時期に広まった文化 |
小麦を使った白い麺は今でこそ台湾中で食べられていますが、戦前までの伝統的な食事は米が中心だった台湾。アメリカの支援で得た小麦を消費すべく、当時はベーカリーや麺の生産などの教育プログラムが推進されていたとか。
麺食は小麦を使ったお菓子も含まれるとのことで、誕生日に西洋風のケーキを食べるという習慣もこの時期に広まった、というのが今回の展示から得た新しい知見でした。
中華文化復興運動は食からも行われていた
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傅培梅時間 |
台湾では近年食文化に関する書籍が次々と出版されています。中でも私が愛読している陳玉箴老師の『台灣菜的文化史』は政治や歴史といった角度から台湾の食文化形成の過程を俯瞰していく内容で、「食」から見る台湾のアイデンティティーとは何か?を考えさせる本です。
その書籍でも紹介されていた傅培梅という女性が今回の展示にも登場していました。
傅培梅は当時日本により統治されていた大連に生まれたため、日本語での教育を受けていました。第二次世界大戦と国共内戦を経て台湾へ渡り、台湾で料理研究家として活躍しました。彼女はテレビ番組を持ち台湾の家庭に中国式の料理を広めただけでなく、食の外交官として中国式の料理を海外へ伝える役目も担いました。
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傅培梅のレシピ |
中国各地方の料理体系の中に「台湾」をいかに組み込ませていくか、ある種のプロパガンダとして食が使われていた様子を垣間見ることができました。
冷戦期の台湾(中華民国)は自らが正統な中華文化の継承者であることを標榜すべく、宮殿式の建造物を立てたり(圓山飯店や故宮博物院など)、東南アジアの華僑・華人たちを「中華民国(台湾)へ「帰国」させたりといった「中華文化復興運動」が盛んに行われていました。傅培梅のレシピ本や番組もこの時代の雰囲気を知るための重要な人物だと感じました。
権威主義から本土主義、そして多様な台湾へ
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国宴を再現したテーブル |
国宴とは大統領が外国の賓客を招いて行う公式の晩餐会のこと。展示では蒋介石・李登輝・陳水扁・馬英九・蔡英文といった歴代の大統領が催した国宴で提供されたメニューが並びました。
権威主義の時代から民主化、異なるイデオロギーを持つ政権の交代は、国宴のメニューにどのように現れたのかを知ることができます。外交の場である国宴では「自らが何者であるか」というイメージが如実に現れます。
蒋介石の時代は正統な中華文化の継承者であることを示そうとする料理が並び、台湾で初の選挙による政権交代が起こり当選した陳水扁のテーブルには台湾のローカル色を押し出した料理が並ぶ…と言った具合です。
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手前は蒋介石時代の国宴で出されたメニュー |
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「正統な中華文化」から「本土化」へ |
憩いの空間・氷菓室
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氷菓室の入り口といえばガラス張りの冷蔵庫 |
氷菓室もまた当ブログで過去に取り上げたことのあるテーマです。
氷菓室はただの庶民の憩いの場というだけではなく、かつてはお見合いやデートの定番スポットだったらしく、特別な思い入れのある方も多い場所でしょう。自身にとって身近な場所が展示されていると、一緒に展示を見に来た同行者がいたら思わず自分の思い出話をしたくなってしまうかもしれませんね。博物館の展示として面白いトピックだと思いました。
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涼しげなガラスの器でいただく冷たいスイーツ |
特定の土地・時代・場面に紐づいた「食」の記憶
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まるで台湾のどこにでもある小吃店のような展示方法
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今回の特別展は全部で15ものキーワードがあるので、参観者それぞれにとって響くテーマはそれぞれだと思います。
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市場の喧騒が聞こえる「#伝統市場」 |
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物を売るだけじゃない。人と情報が集まる場所「#雜貨店(柑仔店)」 |
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解説が飲食店のメニュー風でかわいいですね |
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豆花が盛られた台湾製(鶯歌1950〜60年代のやきもの)「#台湾小吃」 |
戦後の台湾で発展した鶯歌や北投のやきもの。現役で使われるお店は今や少ないですが、ひと昔前はみんなこんな器で豆花を食べていたのでしょうね。(この時代の器は、「おばあちゃんの家にあった」という方も少なくないはず。古道具屋や蚤の市でも入手できます)
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日本統治時代の酒樓「江山樓」 |
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江山樓で使われていた器 |
やきもの繋がりで言えば、日本統治時代に大稻埕に存在した酒楼「江山樓」で使われていた器も興味深いものでした。ちょうど今本業の台湾考古学のお手伝いで触れている日本統治時代の台湾に輸入された日本のやきものと関わる話ですね。
当時は高級なところでは九谷焼や有田焼などが、それより庶民的なものでは瀬戸美濃などのやきものがそれなりの数量台湾に入って来ていました。日本の産地でオーダーメイドで焼かれたものもあれば、台湾に入ってから上絵付けで店名などを入れた半オーダーメイドのものもあったようです。
あとは、今回の展示には登場しなかったけれど、1934年に創業した洋食レストランの波麗路(ボレロ)も、台湾の近代食文化を語る重要なテーマだと思います。(ちなみにボレロは常設展に写真が展示されていました)
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史明おじさんのデモクラシーキッチン |
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史明おじさんの店「新珍味」のターローメン? |
日本に亡命した史明が池袋に開いた中華料理店「新珍味」。ネット上ではこのお店のターローメンが有名とのことでしたが、今回の展示では「民主カレー」という裏メニューが紹介されていました。日本人が想像する史明と、台湾人が想像する史明はどんな違いがあるのでしょうか。
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社会運動に寄り添う屋台フード「香腸」 |
民主主義が根付き社会運動が盛んな台湾ですが、社会運動・デモにまつわる食べ物も紹介されていました。人が集まるところには必ず現れる(?)食べ物の屋台。デモ参加者を力づける食べ物から、抗議の象徴となった食べ物まで、今まで知らなかった台湾人と食べ物のストーリーを知ることができました。
デジタルアーカイブ「国家文化メモリーバンク」
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デジタルアーカイブ「国家文化メモリーバンク」 |
国家文化メモリーバンクのサイトでも台湾の食にまつわる様々な展示品やストーリーが公開されています。展示を見終えても、まだまだ知らないストーリーが楽しめるというわけです。
終わりに
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数味食光特別展 |
台湾に息づく特定の土地、時代、エスニックグループ、場面に結びついた味の記憶が描き出される特別展「数味食光:台湾飲食記憶特別展」。
この特別展は「台湾料理とは何か?」を定義するものではなく、ここに暮らす様々な人が持つ食の記憶から、色々な方向に想像が広がりました。
開催期間は2025年11月9日までとまだまだ長いので、台南へ行かれることがあればぜひ参観してみてください。
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数味食光特別展
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参考文献・記事
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