港町基隆の咖哩沙茶炒麵を食べて、舌の上の世界旅行へ

咖哩沙茶牛肉炒麵

名物には、その街に暮らす人々の歴史とその街の特徴が反映される――

台湾北部の港町・基隆には「咖哩」と「沙茶」という調味料で味付けをした、一風変わった麺料理がありました。

今回は基隆独特の食文化を味わいに出発します。

港町、基隆へ

海洋廣場

台湾北部の基隆。かつては那覇と結ぶフェリーも運行していた港町です。

これまで私は何度か訪れてきましたが、基隆での食事は決まって廟口夜市でした。基隆で食べるべきものを他に知らなかったのです。

噂によると、基隆の地元の人にとってはカレー(咖哩)がなじみの料理なんだそう。

外国から来た咖哩

廟口夜市

カレー(咖哩)といえば、日本では外国から来た洋食というカテゴリーに入る食べ物です。かつてイギリスがインドで出会ったスパイス煮込み料理を持ち帰り、明治以降には日本にもイギリス経由のカレーが入ってきます。

台湾は1895年~1945年まで日本の統治を受けており、日本の洋食であるカレーもその頃に輸入されたのだそう。

基隆は港町という性質上、こういった外来文化を最初に受け入れた土地になりました。

では、台湾のカレーはどんな姿をしているのでしょうか?インド発祥イギリスと日本経由の台湾の咖哩とは?早速基隆のカレー屋さんへ行ってみましょう。

廟口夜市の珠記咖哩飯

珠記咖哩飯

基隆の街にはカレーを扱うお店が数多く存在するようです。有名な廟口夜市にもカレーを出す屋台「珠記咖哩飯」がありました。

「珠記咖哩飯」のカウンターにはカレールウの入った大鍋が。他のお客さんもめいめいカレーライス(咖哩飯)を食べています。

咖哩飯(60元)

早速私もカウンターの席につき、咖哩飯を注文。

見た目は日本のカレーライスとそんなに変わりません。味は少し漢方っぽい香辛料を感じ、日本人の舌にとっては塩味は若干薄めに感じるかもしれません。なるほど、これが基隆の咖哩飯か。

珠記咖哩飯

咖哩飯は日本のカレーライスと近いものを感じつつも、他に出されているメニュー「鮮魚湯」「焢肉飯」「豬腳飯」からは台湾におけるローカライズが垣間見えます。

港町だからか、咖哩飯には魚のスープを合わせるのが基隆風のよう。


烏龍伯 七堵咖哩麵

基隆の中心を離れ、台湾鉄道で二駅台北方面へ戻った「七堵」駅そばにある「烏龍伯七堵咖哩麵」へ。

ここのカレー麺は昔から地元の人々に愛されている懐かしの味だそう。

烏龍伯 七堵咖哩麵

七堵の駅を出て市場方面へ向かうと、控えめな看板を掲げた「七堵咖哩麵」のお店が見つかりました。

1964年に創業されたこのお店は地元の人から「烏龍伯」と呼ばれ親しまれており、創業者の楊金發はかつて日本の軍艦で厨房の仕事をされていたのがきっかけで日本料理に触れたそう。台湾に昔からあった肉燥麺の具材をカレーにした新しい料理「咖哩麵」を発明しました。

烏龍伯 七堵咖哩麵

お店の前には巨大なボウルに入ったカレーペーストが鎮座していました。大きなお玉でこのペーストをぐわっとすくい、麺の上にどさっと載せていきます。

烏龍伯 七堵咖哩麵のカレー麺(40元)

看板料理の「咖哩麵」を注文。

うどんのような太さの小麦麺にクリアなスープ、シャキシャキ食感のもやし、そしてたっぷりと載せられたカレーペースト。見た目はとてもシンプルです。

烏龍伯 七堵咖哩麵

上に載せられたカレーペーストを溶かしながら、好みの濃さにして食べていきます。

このカレーもまた、若干の漢方っぽさを感じる配合。なるほど、これが基隆の咖哩か…。

烏龍伯 七堵咖哩麵

「烏龍伯七堵咖哩麵」では「咖哩麵」のバリエーションとして、麺の代わりに冬粉(春雨)や板條(米でできたぷるぷるの平麺)も選べます。いずれも40~45元という懐にやさしいお値段。コンビニのおにぎり一個、タピオカミルクティー一杯と同程度の値段で麺が一杯いただけるのがありがたいです。

大白鯊魚丸

大白鯊魚丸

ある日、基隆廟口夜市からの帰りにたまたま通りかかった「大白鯊魚丸」。民国37年(1948)創業という老舗の鮫肉つみれのお店ですが、ここでも咖哩メニューを見つけました。

大白鯊魚丸のメニュー

看板メニューは魚のつみれ「魚丸」、「豆包(もしくは豆干包)」という豆腐に肉餡を詰め、魚のすり身で蓋をした広東省潮州あたりにも見られる食べ物。そこに並んで「咖哩拌麵」や、魚丸麵の下に「咖哩(50元)」と書かれています。

大白鯊魚丸の豆包

大白鯊魚丸の咖哩拌麵(35元)と鯊魚丸湯(30元)

咖哩拌麵と魚丸湯を注文しました。「拌麵」とは汁なしの混ぜ麺のこと。先ほど紹介した七堵咖哩麵の汁なし版と言った見た目で、うどんほどの太さの小麦麺にもやし、その上にカレーペーストがかかっています。

これもまた、今まで舌にのせてきた他の基隆のカレーと同じように、若干の漢方テイストを感じる味わい。基隆のカレー、完全に理解しました。

大白鯊魚丸


基隆のカレー(咖哩)の輪郭がつかめてきたところで、次はもっとユニークな基隆名物を求めていきましょう。噂によると、咖哩と沙茶醬がミックスされた独特の麺料理が地元の人に愛されているのだとか…。


基隆で「咖喱」と「沙茶」が出会った

廣東汕頭牛肉店

港町基隆は海の玄関口。外来の文化を一番最初に受容する土地であるため、ここから新しい食文化も育まれてきました。

それが基隆名物「咖哩沙茶炒麵」です。その名の通り、「咖哩」「沙茶」という二つの調味料を混ぜて味付けされた炒麵。いったいどのようにしてこの料理が生まれたのでしょうか?

沙茶醬とは?

沙茶醬とは現代の台湾ではおなじみの調味料の一つ。自分でつけダレを調合するタイプの火鍋屋に行くとだいたい置いてあります。茶色いペースト状の調味料で、スープや炒め物など、様々な料理に使われます。独特の風味があるので、少し入れるだけでも全てを沙茶味に染めてしまうパワーがあります。

曾齡儀 沙茶:戰後潮汕移民與臺灣飲食變遷

沙茶醬は台湾に元からあった調味料ではなく、第二次世界大戦後に国民党と共にやってきた広東の潮州や汕頭(以下:潮汕と表記)出身の華人の歴史が関わっています。

時は遡ること清代乾隆~嘉慶(18世紀末~19世紀半ば)。南洋に渡った潮汕華僑が、現地でサテという料理に出会います。

参考画像:サテ

サテと言えばマレーシアやインドネシアでおなじみの肉の串焼き。ピーナッツの粉末にターメリックやココナッツミルク、ガランガルにパームシュガー、コリアンダーにレモングラスなど、各種スパイスやハーブをふんだんに混ぜ合わせたサテの調味料は、当時の潮汕華僑に「沙嗲 sa-te」と呼ばれ、愛されてきました。

やがて故郷に帰った潮汕華僑は、沙嗲をより華人好みに改良し「沙茶醬」を生み出しました。ピーナッツをベースにするところは同じですが、潮汕華人がよく使う魚や小エビを混ぜ、陳皮や花椒、五香などの香辛料を加え、今の私たちが知っている「沙茶醬」になったのです。(潮州語や台湾語で”沙茶”の発音はsa-teに近い)

そんな沙茶醬が台湾にやってきたのが戦後のこと。今でも台北の西門や、高雄の哈瑪星や鹽埕には老舗の沙茶火鍋の店が集まっています。

沙茶醬と咖喱の味付けが基隆の常識になった

同じく戦後に基隆にも潮汕華人によって沙茶醬を使った料理が入ってきました。

当時、港や炭坑で働く肉体労働者たちに塩分高めの濃い味付けの食事が好まれているという背景がありました。そこで、元々基隆で好まれていたスパイシーなカレーに、味の濃い沙茶醬をミックスするという独自の進化が生まれたのだそうです。

面白いのが、基隆ではメニューに「牛肉炒麺」としか書いていなくても、沙茶醬と咖哩で味付けされているのがデフォルトだというところ。ネットで調べて基隆の咖哩沙茶炒麵を探しに出発します!

阿玉炒牛肉

阿玉炒牛肉

最初に訪れたのは基隆の鉄道駅そばにある「阿玉炒牛肉」。

ここのメニューの炒麵・飯のコーナーには「牛肉燴飯」「羊肉燴飯」「牛肉麵」「羊肉麵」がありますが、噂の通り「咖哩」とも「沙茶」とも書かれていません。

本当に咖哩沙茶炒(牛肉)麵が出てくるのだろうか…とドキドキしながら「牛肉麵」を注文し、できあがりを待ちます。

阿玉炒牛肉の牛肉麵(75元)

おお…!これが咖哩沙茶炒(牛肉)麵!!見た目は茶色くて、特に何の変哲もない炒麵です。牛肉の他には空心菜が入っており、香りは若干カレーっぽい。

口に運んでみると、確かに咖哩も沙茶の味も感じる複雑な味。カレーのスパイスや、基隆の咖哩特有の若干の漢方っぽさ、後味には確かに沙茶醬の小魚の風味や、ピーナッツのまろやかさも感じます。

あとやはりこれも日本人にとっては塩味が薄く感じるかも。(台湾の料理はだいたいそうですが)


廣東汕頭牛肉店

廣東汕頭牛肉店

基隆オリジナルの咖哩沙茶炒麵ですが、その発祥のお店が基隆の復旦路にある廣東汕頭牛肉店だと言われています。

廣東汕頭牛肉店の創業者 林廣省

創業者の林廣省は広東省汕頭の出身で、戦後に国民党と共に台湾へ渡って来たいわゆる外省人と呼ばれるグループの華人。当時の写真がお店の入口に飾られていました。

民国43年(1954)に創業し、現在は三代目がお店を切り盛りしているようです。

廣東汕頭牛肉店のメニュー

メニューを見ると、やはりここでも「咖哩」とも「沙茶」とも書かれていません。「炒牛肉麵」を注文。

お店には他にも文青っぽい若者グループがいました。私と同じようにネットメディアの記事を読んで来たのかな。地元の人だけでなく、台湾の食文化や歴史に関心を持つ旅行者もお店に足を運んでいるようです。

廣東汕頭牛肉店の炒牛肉麵・小(100元)

ここの炒牛肉麵には芥藍菜が入っていました。芥藍菜って、個人的には広東省潮州の料理や、そのルーツを継ぐ中華系タイ料理のイメージがあります。

これもまた、咖哩と沙茶の味がどちらも少しずつ主張してくる感じの味。スパイシーなカレーの中に、沙茶のピーナッツがまろやかさをプラスしている…としか表現できませんが、なかなかおいしいです。

復旦路の沙茶牛肉店

復旦路には他にも数軒、咖哩沙茶牛肉のお店が並んでいました。

このエリアは鉄道駅から少し離れていますが、台北駅の東側にあるバスターミナル「國光客運臺北車站」(map)から、1813Dの基隆市快捷公車に乗り、中華路口で下車し徒歩ですぐでした。(高速道路を降りてから8つ目の停車駅)


終わりに

海洋廣場

その土地で生まれた名物料理は、人々や街の歴史を反映していて興味深いです。料理そのものの味も大事ですが、個人的にはその食べ物が生まれた経緯が面白いことが何より食欲をそそります。

咖哩はインド、イギリス、日本を経由し、沙茶は南洋から潮汕地区を経てそれぞれ基隆へたどり着きました。咖哩沙茶炒麵という一皿の料理にこんなに多くの土地や人々が関わっていると思うと、なんてロマンのある食べ物なんだろうというお話でした。


基隆咖喱&咖喱沙茶炒麵マップ


「廣東汕頭牛肉店」へは台北駅の東側にあるバスターミナル「國光客運臺北車站」(map)から、1813Dの基隆市快捷公車に乗り、中華路口で下車し徒歩で数分。(高速道路を降りてから8つ目の停車駅)

「烏龍伯七堵咖哩麵」は台湾鉄道「七堵駅」下車、徒歩数分

その他のお店は台湾鉄道「基隆駅」下車、徒歩数分


参考文献





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