台湾におけるタイ料理屋から多様な歴史と系譜を見る


台湾に長く暮らしていると台湾の料理に飽きがくることがあります。そんな時に助かるのが近所に多々ある東南アジア料理屋。私が住んでいる台湾大学の側にはタイを始め、インドネシアやマレー系、ベトナム料理などのお店がたくさんあります。

そんな台湾のタイ料理屋ですが、何か日本やタイ現地で見慣れているメニューと少し違うような…?と思われている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今回はこれまでに私が食べ歩いてきたタイ料理のお店と、台湾におけるタイ料理屋の成り立ちや系譜をまとめていきます。




台湾ではタイ料理はすでに広く受け入れられているようで、数多くのタイ料理レストランが存在します。特に東南アジアからの労働者の多い桃園や台中などには東南アジア各国の食堂や雑貨屋が集まっていたり、台湾北部には広く展開する『瓦城 Thai Town Cuisine』というチェーンのタイ料理レストランもあります。

そんな台湾におけるタイ料理屋ですが、そのオーナーの来歴によって、いくつかのグループに分けることができます。
  • タイ華僑
  • 雲南系
  • タイ人労働者や結婚移民
この記事では大まかにこの3グループに分けて話を進めていこうと思います。

タイ華僑オーナーのお店


1978年創業の『泰國小館』(map)というお店は、台湾でもっとも初期にできたタイ料理屋の一つです。この泰國小館には国共内戦の際に泰緬孤軍としてタイ北部のメーサロンに移住したモンゴル出身の周名揚さんが、奥さん娘さんと台湾に移住してタイ料理レストランを開業したという背景があるようです。

泰國小館のある公館(台湾大学そば)は、台湾においてタイやベトナム料理屋が最初にできた場所だと言われています。ベトナム戦争が終わる頃からはベトナム系の華僑が、同時期にタイやミャンマーからも華僑が台湾へ移住しています。華僑学生として台湾大学に通う東南アジア出身者も多く、このエリアに彼ら向けの食堂ができたそうです。


前回の記事では『泰國小館』のご家族の方が経営している『瑪莉廚房』(map)を紹介しています。通化街夜市にあり、気取らない雰囲気のタイ北部料理屋です。

泰國小館と同じオーナーさんのお店『瑪莉廚房』



タイ・ムスリムオーナーのお店

タイ華僑の中にはイスラム教を信仰するグループもおり、台湾でも清真(ハラール)のタイ食堂を経営しています。『泰國小館』にも近い台電大樓のそばにある『泰皇小館』(map)は、私もかなりリピートしている老舗のタイ料理屋です。



店内にはメッカが描かれた刺繍や、クルアーンの教えが書かれたカリグラフィーが飾られています。


メニューは全てハラールで、ランチ時間帯のセットは100〜120元ほどとお手頃。メインの料理は雞肉咖哩、竹筍炒牛肉、椒麻雞などから選べ、そのほか野菜炒めとご飯、デザートもつきます。

雞肉咖哩

竹筍炒牛肉

辣炒雞



このツイートにも書いたように、オーナー夫妻はタイ出身。奥さんはチェンマイ出身で、ご両親は雲南省の大理出身だとか。

もともとタイ北部のムスリムは雲南出身者が多く、チェンマイにはモスクがあるほか、毎週金曜日にはムスリム・マーケットが開かれるようです。

雲南省の大理は清王朝の時代にはムスリムの杜文秀による政権も建つほど回民(イスラム教徒)の多い地域でした。しかし杜文秀の政権が倒れると、多くの雲南ムスリムがミャンマーやタイに逃れて行きました。

清真 泰式廚房

台北市のお隣、新北市の中和・永和はミャンマー華僑が多く住むエリアです。ここにもタイ・ムスリムオーナーのハラール(清真)タイ料理屋『清真 泰式廚房』(map)があります。


ホールで働いていたのは台湾の方でしたが、オーナーさんはタイ・ムスリムだそう。店内にはアザーンが流れる小ぎれいな内装のお店でした。



この『清真 泰式廚房』のオーナーも本人はタイ華僑とおっしゃっていましたが、ムスリムであることを考えると、ルーツは雲南に行き着くのかもしれません。


雲南系オーナーのお店

台湾のタイ料理屋へ行くと、メニューや店名に「雲南」の文字を見つけることがあります。タイなのになぜ雲南?その理由はオーナーさんが雲南省出身であるためのようです。

台湾における雲南出身者は「泰緬孤軍」と「ミャンマー華僑」という二つのグループに分けることができます。

泰緬孤軍とは中国大陸で勃発した国共内戦の際に国民党軍に従事し、タイ北部とミャンマーに逃れた雲南出身の軍人のグループです。彼らは1950〜60年代に台湾へ”帰国”し、眷村(忠貞新村や清境農場)に住むようになりました。

後者のミャンマー華僑は新北市のミャンマー街などに暮らす人たちです。雲南にルーツを持ち、かつてミャンマーに住んでいたことのある華僑で、主に70年代以降に来台しました。


こうした雲南にルーツを持つ人々が台湾で経営する食堂には、「雲南料理屋」や「雲泰料理屋(雲南系タイ料理屋)」があります。お店の名前に「雲泰」「滇/滇泰/滇緬」などが入っていれば、雲南系オーナーの可能性が高いです。(泰はタイ、滇は雲南の古い地名、緬はミャンマーのこと)。


ミャンマー街の形成の歴史はこちらで解説しています




雲南にルーツを持つミャンマー華人が台湾でなぜタイ料理屋を開いたのでしょうか?その理由は台湾社会でマイナーなミャンマー料理よりも、メジャーなタイ料理を選んだのが由来だそうです。




有名なタイ料理チェーンの『瓦城』もこのカテゴリーに入ります。創業当初はミャンマー華僑2名、香港華僑、台湾人という4名のオーナーという体制だったようです。




雲南紹子肉飯


師大商圈にある雲泰料理店『雲南小鎮』(map)。メニューにオーナーの来歴が書かれていました。それによるとオーナーの父親が泰緬孤軍として台湾へ移住し、その後オーナー自身が1988年に師範大学へ華僑学生として来台し、このお店を開いたのだそうです。



料理は台湾人向けに味付けられた雲南系タイ料理と言う感じでした。紹子肉は雲南料理屋でもよく見るメニューです。そのほかガパオやパッタイなどの定番タイ料理に、雲南発祥と言われる台湾の定番タイ料理『椒麻雞』もありました。



このほか公館周辺にも数軒の雲泰料理店があります。『曼德樂泰式料理』も、店員さんはミャンマー華僑だと話してくれました。メニューに雲南料理である大薄片(豚の皮のサラダ)があったので、雲南ルーツの可能性が高いです。

公館周辺のほかにも台北市内各地には雲南系オーナーによるタイ料理屋が多数営業しています。看板に「雲泰」や「滇/滇泰/滇緬」の文字が入っていたり、メニューに椒麻雞や大薄片があったら、もしかしたら雲南系オーナーのお店かもしれません。



師大商圈の伊洛瓦底

この記事では台湾におけるタイ料理屋のオーナーの来歴を「タイ華僑」と「雲南系」という分け方をしましたが、実際には様々な要素が絡み合っており、一概に語ることはできないように感じます。

雲南省は中国の西南部に位置し、多くの少数民族が暮らしています。中にはタイ族(傣族)の方が暮らす自治州もあるほど、大タイ文化とのつながりをもつ人々が暮らしています。また、地理的にも中国の雲南省、ミャンマー北東部のシャン州、タイ北部は陸続きで、人々の移動も頻繁にあったというバックグラウンドがあります。

前述のタイ華僑のオーナーも、元をたどれば雲南からミャンマーを経由してタイ北部に到達した家族もいれば、本人の世代はタイ出身のためタイ華僑を名乗っていても、実はルーツは雲南にあった…ということも考えられるので、厳密に雲南系・タイ華僑を分けるのは難しいです。

また、親の世代はミャンマー生まれのミャンマー華僑、その後タイに一時期居住したのち台湾へ…など、ゴールデントライアングルの地域を転々と移住してきた家族もいるようです。そのため雲南系・タイ華僑・ミャンマー華僑をどのように分けるのか…それは”本人が自身のアイデンティティーをどうとらえているか”によるのかもしれません。


余談:潮州出身のタイ華僑・林國長

一方、華僑研究においてタイの華僑といえば、広東省の潮州出身者がもっとも多いことが知られています。潮州にルーツを持つタイ華僑の台湾における活動はまだ未調査なので、今回の記事では潮州出身のタイ華僑は議論の俎上に上げていません。

文献によると、台湾で本当に最初にできたタイ料理屋は、潮州出身の華僑である林國長氏が、中泰賓館(臺北文華東方酒店:マンダリン・オリエンタル台北)というホテル内に作ったものだと言われています。

文華東方前身—中泰賓館 KISS舞廳 老台北共同回憶


タイ人オーナーのお店

台中のASESANスクウェア(東協廣場)

これまでタイ華僑や雲南系など、あくまでも華人にルーツを持つオーナーによるタイ料理屋を紹介してきましたが、このほかにもタイ人オーナーによるタイ料理屋も存在します。

近年台湾人との婚姻を通しての移住や、外国人労働者として働く東南アジアの人々が増えています。そうして台湾に暮らすタイ人の数はピークは超えているようですが、今でも台中や桃園には彼らの集まるエリアがあります。

新北市の工業区

イサーン出身のオーナーのお店でいただくラープムー

台北市内からMRTオレンジ線で30分。三重〜新莊一帯は、工場が林立するエリア。ここでは1990年代からタイ人の労働者が数多く働いており、タイ人が経営しているタイ料理屋が数軒並んでいます。

このエリアの詳細はこちらの記事で紹介しています。
台湾のタイ街?新北市新荘の工業地帯でいただくイサーン料理

台北&新北・中壢

桃園のタイ料理屋にて


桃園市には労働者として働くタイ人や、結婚を通して台湾に暮らすようになったタイ人も数多く暮らしています。

桃園駅や中壢駅前は外国人労働者の方々が集まるエリアで、東南アジア各国の食堂や雑貨屋が並んでいます。私は時々中壢に遊びに行くのですが、外国気分を味わくべく毎回駅前でご飯を食べるのを楽しみにしています。

この画像のお店はグーグルマップに載っていませんでしたが、中壢の前站から右手方向に向かう中和路と元和路が交差するあたりにあります。

タイ華僑や雲南系オーナーの店との違いはメニューにもありますが、メインとなる客層も異なります。外国人労働者の集まるエリアでは、やはり主な客層は同じ外国人労働者の方といった感じです。隣のテーブルからタイ語が聞こえてきたりと、タイにいる気分を味わうことができます。

泰吧泰式飲茶甜點(map)


 タイのマッサマンカレーやガパオ、トムヤムクンなどに加え、お店によっては屋台の定番ムーピン(豚の串焼き)があったり、スイーツに特化したドリンク&氷菓店や、ほかにも夜市でソムタム(青パパイヤのサラダ)を専門で売る屋台も見かけます。

新北市中和のミャンマー街(華新街)で見つけたサイウア


ミャンマー街でサイウア(タイ北部のソーセージ)を売っていた屋台『正宗泰式小吃』(map)のオーナーは、台湾人と結婚したタイ人の奥さんだそうです。


台中・ASEANスクウェア

ASEANスクウェア3階の小風泰式料理

台中駅からすぐのところに、その名もASEANスクウェア(東協廣場 / map)という商業ビルがあります。そこには東南アジア各国出身の新住民によるお店が集まり賑わっています。

2020年現在ではベトナムとインドネシアの方が多い印象ですが、ASEANスクウェアの3階には数軒タイ料理屋がありました。

打拋豬肉(ガパオ)



『小風泰式料理』のオーナーはバンコクから車で2時間ほどのシンブリー出身で、台湾に来て20年になるそうです。メニュー数が多く、値段も一律100元か200元と良心的。たくさんのタイ人のお客さんで賑わっていました。

中には泰北(タイ北部)や泰東北(東北部・イサーン)と名のつく料理もあり、興味深かったです。ただ北部のカオソーイには出会えず…(台湾でカオソーイが食べられる店はあるのでしょうか…)


台南・麻豆

地方都市麻豆のタイ料理屋『泰膳娘泰式料理』

続いて台湾南部です。台南市からバスで1時間ほどの地方都市、麻豆でもタイ料理屋を見つけました。




この『泰膳娘泰式料理』(map)は台湾人と結婚されたタイ人の奥さんが開いたお店。息子さんもホールを担当していました。

料理の値段は北部の簡易な食堂で食べるものより高めに設定されていましたが、丁寧に料理されていて美味しかったです。なにより麻豆という地方都市にもタイ料理屋があることにびっくり。

(台湾の中南部に嫁いで来た外籍新娘が多いことをふまえれば、麻豆のような小さな街に暮らすタイ人がいてもおかしくないのかも?)

お店は麻豆の街でも少し辺鄙な場所にあるのですが、カップルや家族づれが次々と来店し、繁盛しているようでした。


タイ人オーナーが開いたタイ料理屋も、タイ華僑や雲南系オーナーのお店と同じように、定番のタイ料理は網羅されています。お店によってはタイ北部やイサーンの料理もあったり、タイ各地から台湾に来ているお客さんにより喜ばれるようなメニューを提供しているのかな、と感じました。(さすがにナムプリックみたいな純タイ料理を置いている店はまだ見かけたことがありませんが…笑)

またお店によってはメニューがタイ語と中国語で表記されていることもありました。やはりメインのお客さんはタイ人だからなのでしょうか。反対に雲南系のお店ではほとんど中国語のメニューしか用意されていないことが多いです。



終わりに

普段台湾で何気なく食べているタイ料理ですが、話を聞いたり移住の歴史を調べてみると、オーナー家族のライフヒストリーを垣間見ることができるというのがわかりました。

台湾で最初期に開かれたタイ料理屋『泰國小館』は1978年創業。同じく70年代には雲南から移住したミャンマー華僑も増え始めます。その後90年代以降はタイから結婚移民や労働者が増えてきた時代です。台湾におけるタイ料理の歴史はまだわずか40年程度。台湾でタイ料理が根付いて来た過程と、それを担って来た人々のルーツに想いを馳せるのも面白いですね。

台湾のタイ料理の定番として、『椒麻雞』『月亮蝦餅』『綠咖哩』が挙げられます。これらは本国タイではあまりメジャーではない料理だったり、発祥が雲南だったりする料理です。この辺りの不思議さもさらに追求していきたいです!


参考資料:
胖胖樹 王瑞閔著・舌尖上的東協


台湾に移住した東南アジアの人々の歴史と、植物を紹介している書籍。いつもお世話になっています!台湾のミャンマー街、インドネシア街、フィリピン街などに興味のある方にとてもおすすめ。

台湾におけるタイ料理を研究している研究者の方による記事。タイ料理屋の分類や細かい情報はこちらを参考にしています。


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