山東省にルーツを持つ韓国華僑が台湾で開いた韓国料理屋でチャジャン麺を食べる


当ブログでは過去にも台湾にあるミャンマー街やフィリピン街といった異国街を紹介してきました。今回は新北市永和にある韓国街と、韓国華僑のお話です。




新北市・永和の韓國街へ

永和韓國商圈

台北のMRTオレンジ線に乗り、古亭駅を越えると新北市に入ります。市をまたいだ最初の駅「頂溪」からすぐの所にある中興街が、韓国商店街となっています。

韓国街とは言っても、当ブログで過去に紹介している台湾のミャンマー街やベトナム街と同様、ここに暮らすのは韓国人ではなく「韓国華僑」。中興街には1970年代から台湾へ移り住んだ韓国華僑のオーナーが経営する商店が数件集まっているのです。

永和韓國商圈

中興街を歩いてみたところ、韓国料理店は少なく、韓国系のお店といえば衣料品や毛布、韓国のインスタント食品などを売る商店が中心のようでした。

永和韓國商圈

なぜ韓国華僑は台湾へ移住したのか?

永和の韓國街・中興路に暮らす韓国華僑はどういった背景をもつ人々なのでしょうか?

ネットメディアの記事によると、永和の韓国華僑たちは第二次世界大戦後の1949年に中国で起こった国共内戦の際に中国東北部の山東省から近隣の韓国へ逃れた国民党を支持する華人たちのようです。

国共内戦の際に韓国へ移住したのが第一世代だとすると、永和に移住した現在の韓国華僑たちはその孫の世代に当たる方が多いようで、70年代以降の韓国における排華的な政策の煽りを受けて、「自由な中国」、即ち台湾への移住が行われたようです。つまり永和の韓国コミュニティが形成されたのは1970年代以降と言えるでしょうか。



義聚東/劉家水餃

義聚東/劉家水餃(永和韓國商圈)

韓国街と名乗りつつも、韓国料理店の少ない中興街ですが、(おそらく)唯一営業している韓国料理店が「義聚東/劉家水餃」です。



義聚東のメニュー

義聚東/劉家水餃は1947年に韓国へ渡った山東省籍の劉崇嵫夫妻がのちに台湾へ再移住し、1955年に創業した北方料理店で、山東燒雞やチャジャン麺(炸醬麵)、炒碼麵、そして水餃子が名物です。一般的な韓国料理店とは少し異なるメニューのラインナップのように感じますが、地元の人に愛されており、営業時間中は満席になることもしばしば。

炒碼麵(義聚東)

一度めの訪問時には赤いスープの炒碼麵をいただきました。


中国ルーツ、韓国育ちのチャジャン麺

炸醬麵(義聚東)

韓国の食べ物として有名なチャジャン麺。そのルーツには中国料理の影響があったようです。

チャジャン麺(炸醬麵)とは「炸醬(チャジャン)」をかけた麺料理である。炸醬とは、大豆などから作られた黒味噌にカラメルを加えた春醬で、玉ネギや豚肉などの具材を炒めたソースである。(岩間一弘『中国料理の世界史』p352)

 現代の韓国では国民食とも認識されている黒いソースがかかったチャジャン麺。台湾の韓国料理屋でもだいたいメニューに記載されている定番料理ですが、岩間一弘(2021)によると、チャジャン麺のルーツは古くからのチャイナタウンがあった韓国仁川の山東会館の食堂で1907〜8年頃に出され始めたと考えられているそうです。この食堂は中華民国が誕生した1912年に名を「共和春」に改め、韓国の老舗中国料理店として繁盛しましたが1983年に閉店、共和春の旧店舗は2012年にチャジャン麺博物館に改装されているようです。



チャジャン麺は元々華人の食べ物で、朝鮮人にはあまり食べられていませんでした。しかし第二次世界大戦後の1954年に韓国がアメリカとの間で「相互安全保障法」が改定されると、アメリカの余剰作物を援助国の学校給食に無償で提供できるようになり、日本ではこれがきっかけでパン食やラーメンが広まることになりましたが、韓国の場合はチャジャン麺が、そして台湾では牛肉麺が普及していく契機となったのだそうです。

台湾ではこのアメリカによる援助(美援)がきっかけで麺食が普及していく話は当ブログでも過去に取り上げましたが、韓国のチャジャン麺もアメリカの小麦支援がきっかけだったのは興味深い事実ですね。

▶︎台湾南部の外省麺:美援により広まった麺食文化


永和韓國商圈

その後、韓国では1963年に大統領に就任した朴正熙(パク・チョンヒ)が麺食奨励運動を推進し、小麦食品の消費が増大すると、韓国の中国料理店ではチャジャン麺・チャンポン・うどんが定着し、70年代になると、チャジャン麺には黒味と甘みが欠かせないという認識が広まり、現在のような姿になっていきました。


韓国要素と中国北方要素の集まり

新店にある韓成之家 韓國風味中餐

永和の韓国街を訪問した後、調べてみると台北周辺には他にもいくつか山東ルーツの韓国華僑が開いたレストランがあることがわかってきました。

ある日友人を誘って訪れた新北市・新店エリアの韓国料理店「韓成之家」。看板に「韓國風味中餐(韓国風味の中国料理)」と書かれているのが面白いですね。



韓成之家

韓成之家では韓国焼肉もできるのか、各テーブルにコンロが備え付けられていました。

メニューを確認すると、先ほど紹介した義聚東でも見かけた山東燒雞や炒碼麵、当然チャジャン麺(炸醬麵)も記載されていました。他にもナマコやくらげの和え物、八宝菜、酢豚など、日本人が想像する中華料理的なメニューもあり興味をそそられました。

韓成之家のメニュー

この日注文したのは「山東燒雞」、「涼拌海蜇皮(くらげの和え物)」「炸醬麵(チャジャン麺)」。韓国料理感のないチョイスですが、これが「韓國風味中餐(韓国風味の中国料理)」か…。

山東燒雞

涼拌海蜇皮 くらげの和え物

炸醬麵 チャジャン麺

台北周辺のあちこちにある山東ルーツ韓国華僑のお店

西門町にある韓国商店「百昌商行」

初韓国街訪問から数年が経つと、自分の元にも情報がいろいろ集まってきて、台北周辺には結構な数の山東ルーツの韓国華僑のお店があることがわかってきました。まずは西門町の西寧路。ここも永和と同様に小さな一帯ですが、韓国華僑系の商店が集まっています。

西門町にある韓国商店「百昌商行」


台北市・公館のおとなり萬隆にも気になる看板のお店を見つけたので行ってみました。山東餃子と韓国料理のお店です。お昼時はお店の方が忙しそうでお話を伺えなかったのですが、この構成はいかにも山東ルーツの韓国華僑の方がやってるお店といった雰囲気です。


韓国料理とは異なる方向の食堂をやっている韓国華僑の方のお店「中和小館」。こちらのお店の方の背景はとても独特で、メニューからは若干、日本の「中華料理」の気配を感じます。


この他、政治大学のそばにも数軒山東ルーツ韓国華僑の方がやっている料理屋があるそうです。ぜひ食べに行かねば…!

終わりに

永和韓國商圈

当ブログでこれまで紹介してきた台湾にある異国街は主に東南アジアの国に僑居していた華僑・華人が集まってできたコミュニティーで、その華人の出身地も華南が中心でした。一方台湾の韓国街に集まっているのは中国東北部の山東省にルーツを持つ方々であるため、食文化の面でも違いを感じました。

また、興味深いのは戦後アメリカの小麦支援の話でした。台湾は元々米食文化圏で、戦後に外省人が入ってくるまで小麦粉から作る麺は主流ではなかったところ、戦後のアメリカの支援(美援)により麺食が普及したという背景があります。きっかけを同じくして韓国ではチャジャン麵が普及していったというのは新しい発見でした。

台湾に暮らす山東系韓国華僑のお店はまだまだ他にもたくさんありそうなので、これからも探して食べに行こうと思います。



参考書籍

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