台湾とインドネシア西カリマンタン・シンカワンを結ぶ客家女性


台湾とインドネシアのシンカワン、この二つの地域の間に一体どのような繋がりがあるのでしょうか。今回は台北・桃園・新竹のインドネシア食堂でBakmi Kalimantanを啜りながら、両地域をまたぐ客家女性のお話をしていこうと思います。



私が住む台湾大学の周辺は、戦後から東南アジア各地の華僑学生が集まったという背景もあり、台湾でも早くから東南アジア各国の料理を出す食堂ができたエリアです。

現在では学生としてだけでなく、婚姻移民や、労働者として台湾へ渡る東南アジア出身の方々も現れ、こうした新住民の人口はますます増加しています。

ある日、近所のインドネシア食堂へ行った際に老闆娘と話したら、自身はシンカワン(インドネシア西カリマンタンにある街。漢字では「山口洋」と書く)出身の客家人だと教えてもらえたことがきっかけで、街のインドネシア食堂のオーナーはインドネシア華人の場合があること、シンカワンという街は華人の中でもエスニックグループ的には客家人が多いことなどを知りました。



今回の記事では、台湾の台北・桃園の龍潭・新竹県竹東鎮にあるインドネシア・西カリマンタンにルーツを持つ華人・客家の方が経営しているインドネシア食堂を紹介します。



インドネシア西カリマンタンにある華人の多い街シンカワン


台北 新香印尼小吃 Indo Wangi

MRT台電大樓そばのINDO WANGI

台北市のMRT台電大樓からすぐ、台湾師範大学の学生でにぎわう街の路地裏でひっそりと営業しているインドネシア食堂「新香印尼小吃」。ここは家から近いこともあり、何度か足を運んでいました。

インドネシア雑貨販売も扱う食堂で、主にインドネシア華人(客家)の老闆娘と、そのお子さんが店番をされています。

新香印尼小吃(map)

INDO WANGIのメニュー

写真付きのメニューが用意されており、インドネシア料理に馴染みのない客も安心して注文ができます。

メニューは定番のインドネシア料理のほか、南洋華人の影響を感じるものもあります。特に惹かれたのはBakmi Kalimantanという地名の付いた麺料理。

Bakmi Kalimantan(汁なし)

この料理はインドネシア現地でも提供されている定番の麺料理だそう。すこし縮れた小麦麺は老闆娘の手作りだそうです。具材には魚ボールなどの練り物、赤いチャーシュー、炸豆皮に卵、もやしなど。汁なしを注文した場合は碗底にタレが入っているので、混ぜながらいただきます。

台湾の料理と少し似ていて少し違う、南洋華人の味でしょうか。

Nasi Campur

別の訪問時にいただいたナシ・チャンプルー(Nasi campur)。ご飯の上に各種具材をのっけた料理です。こちらも赤いチャーシューは必須。サンバルにしっかり漬けられた卵(sanbal telur)もおいしいです。

INDO WANGI店内

このお店には何度か足を運んでいますが、時期によっては老闆娘が里帰りしているとかで不在だったため、料理の提供をおやすみしている時期もありましたので、訪問の際はご注意ください。


桃園龍潭 Toko Indo JiaJia

Toko Indo JiaJia

台湾の四大エスニックグループのひとつである客家の人たちが特に多く暮らしているのは北西部の新竹や苗栗の山間部ですが、桃園市の龍潭区は、桃園の中でも客家人口の多い街として知られています。

台北市内から龍潭行きのバスに乗り約1時間半。龍潭中正路で下車し、龍潭傳統綜合市場(龍潭伝統総合市場)の中を通過したところに一軒のインドネシア食堂があります。(龍潭区には他にも数軒インドネシア食堂がありますが、華人の経営かは未調査)

印尼好味道麵館 Toko Indo JiaJia (map)


台湾の食材が売られる賑やかな市場に沿う路地にあるインドネシア食堂。現代の台湾ではこういう風景の中にベトナム食堂やインドネシア雑貨屋があるのはすでに一般的になっています。

Toko Indo JiaJia

Toko Indo JiaJiaの店先

伝統市場そばで営業するお店なので、こちらも朝早くから営業が始まり、午後にはお休みになります。平日も市場の買い物客でにぎわうエリアですが、特に土日にはToko Indo JiaJiaの店先にたくさんの南洋スイーツが並び、華やかになります。

土日には多くの南洋スイーツが並ぶ

カヤジャムをたっぷり挟んだパンを入手

南洋の食材

Toko Indo JiaJiaでもbakmie Kalimantanを注文。今度は汁ありでいただきます。具材は豚肉に赤いチャーシュー、魚ボール、卵にもやし。

Bakmi Kalimantan(汁あり)

相席していたインドネシアの方が気を使ってくださり、チリソースを使いなさいとか、ご自身が購入したクルプック(えびせんべい)を入れると美味しいよと言って分けてくださったりという歓待を受けてしまいました。お店の方だけじゃなくてお客さんまで優しいToko Indo JiaJia。とてもおすすめできるお店です。

店内に掲示されたポンティアナックからシンカワンへの送迎車のお知らせ

店内の掲示になにやらインドネシア語で書かれたものがあります。どうやら空港シャトルや、ポンティアナック(西カリマンタンの主要都市で、空港がある)からシンカワンまでの送迎のお知らせのようです。入り用の際は老闆娘にお願いすれば良いのでしょうか。

インドネシアから輸入された陽城餅家(yang sia)の月餅(guek pia)

中秋節を控えた9月、Toko Indo JiaJiaのFacebookに投稿でインドネシアの月餅を入荷したというお知らせがありました。それを見た私は早速お店を再訪しました。入荷当時は種類が豊富で、パンダンリーフ味や塩漬け卵入りの月餅も揃っていたようですが、私は一足遅く、手に入ったのは緑豆の豆沙月餅。できればより南洋っぽいパンダンリーフ味の月餅を食べてみたかったです…!

これは見ての通り広東風の月餅で、楊城餅家 Yang Siaというお店の商品のようです。Toko Indo Jiajiaの老闆娘によると、彼女の弟さんが作った月餅も入荷していたそうで、そちらの方がおいしいよとのこと。来年はぜひ入手したいです。

ちなみにこれらをインドネシア・シンカワンから運んできたのは老闆娘の妹さんだそう。月餅だけでなく、ちょくちょくインドネシアのものを台湾に輸入しているそうなので、Facebookで最新情報をチェックして、また面白いものがあれば買いに行きたいです。

インドネシアの月餅(緑豆)


新竹竹東 娥媽媽印尼小吃店

新竹県竹東鎮

台湾の中でも客家の方の割合が高い新竹県。観光地にもなっている北埔のふもとの竹東も客家の方が多く暮らす町です。

娥媽媽印尼小吃店

かなり掠れていて見落としてしまいそうですが、かすかに見えるBakmi indonesiaの文字から、ここがインドネシア料理を出す食堂だとわかります。

娥媽媽印尼小吃店(map)


台北や桃園龍潭のインドネシア客家の方がやっているお店を食べ歩く中で、台湾とインドネシア(特に西カリマンタンのシンカワン)の客家の方の繋がりが気になり始めたので調べていたら、台湾の客家TVでこのような番組が放映されているのを見つけました。


『山口洋在竹東』というこの動画では、新竹の竹東に暮らすシンカワンゆかりの客家女性について語られています。この動画に登場したのがこの娥媽媽印尼小吃店でした。

シンカワンから台湾へ嫁いで25年になるという老闆娘。このお店は開店して16年にもなるようです。

看板にBAKMIE indonesiaの文字

ショーケースにはsanbal telur(サンバルを和えた卵)が並ぶ

娥媽媽のメニュー

中国語で書かれたメニューは一見すると「乾麵」や「炒粄條」、「貢丸湯」など、台湾の一般的な食堂と変わらないラインナップに見えます。実際、インドネシアの華人(客家)の方が現地で食べてきた料理なので、基本的には台湾人も馴染みやすい料理だと思います。

Bakmi Kalimantan 乾麵(小)

このお店でもまずはBakmi Kalimantan(乾麵)を注文。具材はこれまでのお店とほぼ同じですが、ここのは茹でエビが入っていました。 

soto bakso sapi 貢丸湯(牛)

肉団子スープ(貢丸湯)は豚肉か牛肉が選べたので、インドネシアらしい牛肉のものを注文。注文の際に辛くするかと聞かれたので、辛みありでお願いしました。

手作りの麺

このお店でも麺は老闆娘の手作りだそうです。Bakmi Kalimantanのキモはこの独特の縮れ麺なのでしょう。

メディアに紹介された記事

店内の壁に貼られていた記事には、老闆娘のシンカワンの実家がまさにその麺を生産する工房だったという話が出てきました。


ここまでで台北、桃園、新竹のシンカワン出身客家人が経営する3軒のインドネシア食堂を紹介してきましたが、なぜ台湾にシンカワンから移住してくる女性がいるのでしょうか。すこし調べたので以下にまとめます。



台湾へ移住したインドネシア西カリマンタンの華人(客家)女性、その背景にあるもの

横田祥子(2021)家族を生み出す 台湾をめぐる国際結婚の民族誌

インドネシア西カリマンタンに華人が多く住むようになったのは18世紀以降のことで、主に広東省出身の華人が集まり、鉱山の採掘などの仕事に従事してきました。

西カリマンタンで二つ目に大きな町であるシンカワンは、20万人ほどの人口のうち4〜6割を華人が占めると言われています。

シンカワンでは1980年代から国際結婚で台湾へ移住する客家の女性が数多く現れるようになりました。台湾でも特に客家語の通じやすい新竹や桃園の客家家庭に嫁入りという形で移住が行われました。上述の竹東の動画では、竹東に暮らすシンカワンの客家女性は2〜300名ほどと紹介されていました。

このような国際結婚は、80年代に専門の仲介業者が登場し、半ば人身売買のようなやり口に、90年代には社会問題として大きく取り上げられていたようです。2008年には営利目的の婚姻仲介業は非合法化されています。

楊聰榮、藍清水(2006)によると、インドネシアから台湾へ渡った華人の歴史は、古くは冷戦期から始まったそうです。最初は中国語での高等教育を受けるために自由中国(台湾)へ進学する学生、続いてインドネシアで起こった華人排斥運動(1958年、59-61年、65年の930事件)によりインドネシアを逃れた華人、その後冷戦が終焉を迎えると、婚姻をきっかけとした移住が始まったようです。

初期の結婚移民は、すでに台湾へ移住していたインドネシア出身華人の知り合いを通してこちらへ移住するケースが70年代には行われており、80年代に入ると専門の仲介業者を通した婚姻が現れました。インドネシア側は農村の貧困から抜け出したい女性がこれを利用し、台湾側は農村暮らしで女性と知り合うのが難しい男性、高齢の男性、障害を持つ男性などが利用するようになっていったようです。

横田祥子(2021)『家族を生み出す——台湾をめぐる国際結婚の民族誌』は文化人類学的なフィールドワークを通し、”家族”という切り口からこの現象を描写しています。実際に当事者と対峙し、生々しい話も多分に含まれていますが、華人の伝統的な家族のあり方と、グローバル化後の社会の変化の狭間で取られてきた男性側と女性側のそれぞれの戦略を知ることができ、とても勉強になりました。


終わりに



現代の台湾の街を歩いていると、東南アジア関連の食堂や商店、宗教施設などの存在はすでに当たり前に存在するもののように思います。彼らは同じ出身地の者たちでコミュニティーをつくり、お互いに助け合って異国で暮らしています。

台湾社会は多元民族の暮らすものだという認識はありましたが、実際には彼らが台湾へ渡った年代やきっかけ、出身国は様々で、「新住民」と一括りに理解できるものではないという思いを強くしました。




参考サイト、文献

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