港町基隆の騎樓カフェで70〜80年代を味わう

台湾に住み始める前から基隆は旅行で何度も訪れました。最初に食べたカニのとろみスープとおこわに感銘を受け、何度も廟口夜市に通いました。その頃から基隆=廟口夜市のイメージはブレず、そこ以外にはなかなか足が向きませんでした。

そんな私の基隆イメージに新たな側面を見せてくれたのが以前の記事で紹介した沙茶カレー麺なのですが、この度さらに新たな基隆イメージが加わりました。

それが「喫茶店の町・基隆」です。今回は中でも70年代~80年代に創業し、今でも営業している老舗喫茶店を紹介します。



喫茶店の町・基隆

明德大樓の騎樓カフェ

喫茶の町・基隆という側面を知ることになったのはネットに残っていた2022年に開催された城市博覽會(City Expo)関連の記事でした。

2022年6月10日~19日に基隆で開催された城市博覽會(City Expo)では、基隆の町の各地で様々な展示が催されました。正濱エリアでは基隆の食文化の展示「有一種味道在基隆上岸」が行われ、喫茶店に関する展示「港都咖啡」が見られたようです。

展示をデザインしたのは地元のグループ「雨都漫步」(Facebook)で、基隆の喫茶店の歴史をまとめています。彼らによると、基隆の喫茶店(コーヒー文化)は次のように発展しました。

基隆港

まずは港町・基隆の始まりから。1899年、日本統治時代の初期から築港が始まり、1920~1990年まで台湾の主力の港として発展。海外との玄関口であるため、外国の文化にいち早く接触しました。

昭和に入るとコーヒー文化も基隆に上陸。1936年には18軒の喫茶店が基隆で営業していたようです。しかしこの頃の喫茶店というのは女給さんがつく西洋風の高級店で、庶民がふらりと立ち寄る店ではありませんでした。

戦後1950年代を代表するキーワードは委託行と米軍です。朝鮮戦争やベトナム戦争が起こった時代、1954年に中華民国(台湾)とアメリカは米華相互防衛条約を結び、台湾のいくつかの地域がアメリカ軍兵士たちの休暇スポットとなりました。

基隆や台北、高雄にもアメリカの兵士が休暇に訪れるようになったため、これらの地域には米軍向けのバーやカフェなどの娯楽施設が生まれました。

(台北の中山北路にも米軍向けのクラブや教会があり、この辺りは現在フィリピン街になっています)



一方で「委託行」というのは舶来品を取り扱う商店のこと。この当時の台湾は戒厳令が敷かれており、外国からの輸入品はほとんど入ってきませんでした。そんな中、アメリカの兵士から入手した外国の商品などを売る「委託行」という形式のお店が現れ始めました。現在では数を減らした委託行ですが、全盛期には港周辺に数多くの委託行がひしめいていたそうです。基隆は外国の商品や文化が常に近くにある町だったのです。

基隆の町

米軍の兵士が利用したこの頃の喫茶店にも女性コンパニオンがつく店はありましたが、そうでない普通の喫茶店は「純咖啡」と呼び区別していたそうです。

さらに60年代に入ると日本からサイフォン式のコーヒーが上陸。台湾中に流行し、一般庶民向けの喫茶店も増え始めました。

残念ながら現在も営業している60年代以前創業の喫茶店はすでになさそうだったため、今回は70~80年代創業の喫茶店を訪れていきます。


70年代の露店喫茶・貴客咖啡

騎樓喫茶の老舗・貴客咖啡

一部の富裕層や米軍兵士などだけが通えたかつての喫茶店は姿を消し、70年代から普及したのは庶民向けの喫茶店でした。

中でも歴史が長いのが基隆駅西側の孝三路と自来街の交差点で営業している「貴客咖啡」。1970年代に登場した半屋外式の喫茶店です。

70~80年代に流行したとされる「露店喫茶」。台湾では屋内は禁煙とされているため、こうした半屋外の店は煙草も吸えるので喫煙者には都合がよく、価格帯も廉価で、基隆の港や工場などで働く労働者たちに親しまれてきました。

高架下に作られた半屋外の喫茶店

貴客咖啡の営業時間は午後3時から深夜1時まで。ですが老闆に尋ねたところ、彼らがお店を開ける3時より前は別の人に貸しており、実質いつ訪れてもコーヒーは飲めるようです。そんなフレキシブルな営業スタイルをとっているようでした。

基隆には深夜から早朝まで稼働するフィッシュマーケットがあったり、漁業に従事する人が陸での待機時間を過ごすというニーズがあるため、深夜まで営業している喫茶店も見られます。

深夜1時まで営業している貴客咖啡

軽食も提供している

基隆の喫茶文化を調べていると老闆に話しかけたら、ある冊子を見せてもらえました。これが例の城市博覽會の際に作られたもので、展示を見逃した自分としてはたいへん嬉しい機会でした!

2022年の城市博覧会の際に作られた喫茶店案内の冊子「有一種味道在基隆上岸」

基隆の喫茶店発展の歴史年表

基隆の喫茶店の1970年代から2015年までの歴史が年表にまとめられていました。1990年以降になるとスターバックスも台湾に上陸し、カフェチェーンも増え現在に至ります。

冊子の巻頭で掲載される貴客咖啡

巻頭には貴客咖啡も掲載されていました。

老闆の話によると、この場所では70年代から露店の喫茶店が続いているけれど、店名や経営者は何度か変わっているのだそう。今の店主は定年後にこの物件を借りて貴客咖啡を経営しており、現在20年ほどになるとのことでした。

基隆駅そばの陸橋

貴客咖啡(map)


明徳大楼2階にある老舗・上選咖啡

土曜昼下がりの上選咖啡

1975年(民国64年)に開発計画が始まり1980年に竣工した3棟続きの商業ビル「明德大樓」には喫茶店や美容院などのショップが入居しています。現在ではやや年代を感じる佇まいになっていますが地元の人に愛されるお店が多く、人の出入りは絶えません。

1階の騎樓にもカフェや輸入品店がひしめきますが、2階にも長く営業している喫茶店があります。

明德大樓

明德大樓

きらびやかなお店が並ぶ外観ですが、建物に足を踏み入れると一気に住宅のような雰囲気の階段が現れます。登って良いのだろうか…と思いながら2階へ向かうと、廊下にショップの看板が立ち並ぶ独特の光景が待ち受けていました。台南の永楽市場と少し雰囲気が似ているかもしれません。

明德大樓2階にある上選咖啡

廊下にも喫茶店のテーブルが並んでいる

明德大樓2階にある上選咖啡

シーリングファンが回る落ち着いた店内。

老闆娘の話によると、1985年にこの場所で喫茶店「上選咖啡」を開業したのだそう。かつては明德大樓の向かいのビル1階にも物件を借りて、人を雇って規模の大きい支店も出していたそうですが、現在では明德大樓2階のこのお店一本にしたのだとか。

明德大樓の向かいにあるビル

アイスコーヒーとスコーン

ここに来るお客さんは平日の昼間はほとんど常連さんで、創業からずっと通っている老顧客もいるのだそう。私が利用した土曜の午後にも何人かの常連さんがいて、お客さん同士や老闆娘も交えておしゃべりを楽しんでいました。(初対面の私にも常連さんが「今度トルコ旅行に行くのよ〜」なんて話しかけてくれました)

土曜昼下がりの上選咖啡

上選咖啡

老闆娘が基隆市長林右昌氏の著書『想入啡啡』を見せてくださいました。基隆市内の数多くの喫茶店を紹介した一冊で、もちろん上選咖啡も紹介されていました。

基隆市長・林右昌の著書「想入啡啡」

上選咖啡(map)


ヨーロッパ風の内装が印象的な夏朵義式咖啡

明德大樓1階の夏朵義式咖啡

上選咖啡と同じく明德大樓にて営業している喫茶店・夏朵義式咖啡 Café Château。こちらは騎樓にも座席があり、雰囲気のある内装も相まってヨーロッパのような雰囲気があります。同じ並びにもたくさんカフェがありましたが、こちらは昔ながらの喫茶店の風情があり、最初に訪れた際は満席で入れませんでした。

明德大樓の騎樓にある別のカフェ

夏朵義式咖啡も80年代頃から続く老舗で、ドリンクの他にラザニアやパスタなどのフードメニューもあり、古き良き喫茶店感があります。

インテリアにこだわりのある夏朵義式咖啡

夏朵義式咖啡のレモンティー

夏朵義式咖啡(map)


80年代に生まれた簡餐咖啡:橘之堡

橘之堡

80年代に入ると「簡餐咖啡」というスタイルの喫茶店が登場します。いわゆる簡餐とは定食のようなセットメニューを指し、メイン料理に食後のドリンクとデザートがつくというスタイルです。

この頃の台湾は経済発展の真っただ中。国内のサービス業も成長していた時期で、料理だけでなくインテリアや音楽にまでこだわったタイプのお店が現れました。

基隆の「簡餐咖啡」を代表するのが「橘之堡 Orange Bistro」です。このお店自体は創業30年ほどで、現在は二代目が経営にあたっているようです。

橘之堡

雑誌「料理・台灣」に掲載された橘之堡の記事

レストラン然とした橘之堡のメニュー

ただコーヒーを飲むだけでなく、心地よい空間で家族と過ごすという価値観が生まれ、それを今も伝えているのが橘之堡です。

以前台南でも、昔の喫茶店は火鍋を売る店が多かったという話を聞いたことがありましたが、きっと「簡餐咖啡」がこの時代の台湾各地で親しまれていたのでしょうね。

鉄板牛ステーキ

橘之堡では料理のメニューが大変豊富で、鉄板系と火鍋(一人サイズ)が主力のようでした。一般的なカフェで出すような軽食とは一線を画す、本格的な料理を楽しめます。

私はお店の方のおすすめの鉄板牛ステーキを注文しました。

食後のデザートとドリンク

橘之堡(map)

鳥巢咖啡

1989年オープンの鳥巢咖啡

再び明德大樓へ。2階の海側に面した「鳥巢咖啡 Birdy House」は看板に1989と書かれており、メニューも橘之堡と同じように火鍋などの食事が記載される「簡餐咖啡」です。

喫茶店がひしめく明德大樓

店内からは基隆港が一望できるロケーションで人気が高く、土曜の夜は予約でいっぱいだと言われ、いまだに入ることがかなっていません。なのでいつか行ってみたいお店の一つです。

ハーバービューの鳥巢咖啡

鳥巢咖啡(map)


仁愛市場のたまり場・美品屋

仁愛市場外観

野菜や肉などの食品や総菜を扱う伝統市場はどの町にもあります。基隆の仁愛市場は建物の1階と2階が売り場になっていて、渡り廊下で2棟の建物がつながる敷地の大きな市場です。

仁愛市場内部

仁愛市場の2階は食事処や喫茶店でにぎわいます。寿司が食べられる市場として観光客にも知られていますが、実は喫茶店も多いのです。

今回見つけたのはかわいいカウンターのある喫茶店「美品屋」。上選咖啡のように老闆娘と常連さんがおしゃべりをしているという社交空間でした。

カウンターで店主と常連さんが世間話をしている

老闆娘によると、美品屋は仁愛市場の中でも最も古くから営業している喫茶店だそうで、もう20年ほどになるとか。

仁愛市場2階の美品屋

古き良き喫茶店らしいオムライスを注文。台湾の昔ながらの日本料理店ではこういう卵をしっかり焼いたオムライスは定番ですが、中はチキンライスではなくて豚肉を使っているのが台湾らしさだと思います。

喫茶店のオムライス

仁愛市場(map)


騎樓カフェ・亞迪咖啡

創業20年ほどの騎樓喫茶・亞迪咖啡

基隆の町では喫茶店や飲食店などが騎樓にテーブルを出し、天気を気にせず一服していける場所がたくさんありました。亞迪咖啡 Coffee AIDもそんな騎樓カフェのひとつです。

常連さんのたまり場といった風情

いかにも馴染みという感じの人たちが老闆娘も交えて世間話をしている様。所見ではどなたがお店の方かわからないほどです。騎樓の円卓で新聞を読み、居合わせた人とちょっとお話しする…そんな日常がここにはあります。

カフェラテ

亞迪咖啡(map)


深夜1時まで営業・騎樓の轉角遇見好咖啡

深夜にぎわう崁仔頂フィッシュマーケット前のカフェ

港町基隆の夜の名物である崁仔頂フィッシュマーケット。おおよそ23時頃からにぎわい始めるエリアです。

轉角遇見好咖啡はフィッシュマーケットのやや端の方にあり、漁行口という深夜食堂や委託行が目の前というロケーションです。

夜の騎樓で一服、がかなう喫茶店でした。

深夜1時まで営業している

轉角遇見好咖啡(map)


終わりに

実はコーヒーは体質に合わないのであまり飲んでいません

廟口夜市に沙茶カレー麺、そして今回新たに加わった喫茶店の町・基隆というイメージ。行くたびに新たな魅力が見つかり、台北から電車で1時間弱というアクセスの良さもあり、基隆へは何度も足を運びたくなります。

古くから外国の文化をいち早く受け入れてきた基隆では、70年代の露店喫茶、80年代の簡餐咖啡など、当時の雰囲気を残した喫茶店がまだまだ残っています。ぜひ基隆で良い茶しばきタイムを味わってみてください。


参考記事:

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