台湾のこびと伝説:新竹県五峰郷サイシャット族のpaSta'ai(パスタアイ矮靈祭)


台湾の原住民族サイシャット族には、かつて共に暮らしていたこびと「タアイ」を祀るpaSta'ai(パスタアイ矮靈祭)というお祭りがあります。

今回は2022年11月に見学した新竹県五峰郷で行われたpaSta'aiと、台湾の原住民族に伝わる「こびと伝説」について紹介します。





新竹縣五峰の矮靈祭


paStaa'i(パスタアイ・矮靈祭)とは?


サイシャット族(賽夏族)は台湾で公式に認められている16の原住民族のうちの一民族で、主に台湾北西部の新竹県の五峰や苗栗の南庄に暮らしています。サイシャット族の祭祀であるpaSta'ai(もしくはpaSta'ay、パスタアイ、矮靈祭)は、2年に一度の小祭と、10年に一度の大祭が行われます。

新竹縣五峰鄉のpaSta'ai矮靈祭

paSta'aiは旧暦の10月15日前後に新竹県五峰鄉と苗栗県南庄の二ヶ所の会場で行われ、祭典は三日間に渡って続きます。

2022年は新竹五峰では11月5日から7日の三日間で開催されました。


実際の日程は長老たちの話し合いで決まるため、毎回変わります。私は賽夏族民俗文物館のFacebookページから情報を確認し、2022年11月6日に新竹県五峰郷のpaSta'aiを見学してきました。

会場に入る前に腕に魔除けのススキを巻いてもらう

五峰のpaSta'ai会場は大隘村の賽夏族民俗文物館前の広場(map)です。公共交通機関で行くのは難しい場所だったので、新竹から自転車で向かいました。

※インターネットで調べた限りだと、苗栗県南庄の方が伝統色を強く残しており、公共交通機関でのアクセスもしやすそうでした。

広場に入る前に、本部の建物でススキを巻いてもらう

何時からどの家族(姓)が歌うかのスケジュールが掲示されている


paSta'aiの由来

伝統的な赤色基調の衣装に身を包んだ人々

paSta'ai(パスタアイ矮靈祭)とは、かつてサイシャット族と共に暮らしていた”こびと”「タアイ」(矮黑人)の慰霊の為に行われる祭祀です。

言い伝えによると、300年以上前にサイシャット族の集落の向かいの洞窟には身長1メートルほどのこびと「タアイ」が住んでいました。タアイは身長が小さく肌の黒い人々で、サイシャット族に農耕や漁猟、治療の方法などの知識を授けてくれました。

五峰郷の会場に集まるサイシャット族の人々

円になって歌い踊るサイシャット族の人々

サイシャット族とタアイは仲良く暮らしていましたが、タアイは度々サイシャット族の女性にいたずらをするようになったため、サイシャット族はタアイをこらしめようと考えました。

ある収穫のお祭りの日、タアイはまたサイシャット族の女性にちょっかいをかけて来たので、ひとりのサイシャット族の青年が報復に出ました。彼は夜の闇の中、タアイが通るであろう橋に切れ目を入れ、泥でそれを隠し、タアイがその橋を渡るのを待ちました。橋を渡ったタアイは谷に落ち亡くなりました。

それを知った他の二人のタアイは逃げる際に「毎年タアイの霊を祀れ、さもなくば災いが降りかかるだろう」と言い残し、東へと去って行きました。


次の年、サイシャット族には数々の災いが降りかかりました。作物は不作となり、獲物も獲れず、病も広がり、サイシャット族はこれはタアイの呪いにちがいないと考えました。そのためタアイに言われたように、慰霊の祭祀paSta'ai(パスタアイ矮靈祭)を行うようになったのです。


paSta'aiの一日目にはタアイの霊を迎える「迎霊」が行われ、三日間に渡りタアイを楽しませる「娛霊」の歌と踊りが行われます。それが終わった翌日にはタアイの霊を帰す「送霊」が行われます。歌と踊りは夕方4時頃から始まり、夜通し歌い踊り続けます。

腰につけた鈴「臀鈴」の音が会場中に鳴り響く

パスタアイ会場


手を繋いで歌い踊るサイシャット族の人々


paSta'aiの会場には出店も並び賑わう

客席から踊りを眺める人々

paSta'aiの会場の傍にはいくつかの食べ物のお店が並んでいました。夜通しの祭りであり、五峰の会場周辺には商店も少ないため、お祭り見学中にお腹が空いたらどうしようかと心配していたのですが杞憂でした。


烤肉を売る店

揚げ物や小米酒を売る店

売られているものは石板烤肉や小米酒、小米甜甜圈(アワのドーナツ)に馬告スパイスなど、タイヤル族の住む烏來で売っているものに近かったです。(五峰にはサイシャット族の集落のすぐそばにタイヤル族の集落もある)





台湾原住民族に伝わるこびと(矮黑人)伝説

五峰のpaSta'ai

paSta'aiはサイシャット族に伝わるこびと「タアイ」を祀る祭祀ですが、実は台湾の原住民族の他の部族にも「こびと」(矮黑人)に関する伝説があります。

こびと伝説に関する調査は清朝・日本統治時代・戦後にも継続的に行われており、計258の部落でこびとに関する言い伝えが記録されており、離島である蘭嶼に住むタオ族(達悟族)以外のほとんどの部族に少しずつ内容を変えて伝わっているようです。

五峰のpaSta'ai

例えばパイワン族のこびと伝説では、こびとは小琉球から来たと言われており、洞窟に住んでいたため彼らのことを地底人と呼んでいたそうです。

パイワン族とこびとは敵対関係にあったのですが、こびとは作物の種を持っていたためパイワン族はそれを隠して持ち帰ろうとしたという逸話があるようです。

あるパイワン族の集落の言い伝えでは、こびとは恆春半島に逃げたという話や、はたまた通婚により同化したという話もあるようです。

子供達も踊る

サオ族(邵族)の言い伝えではこびとは日月潭の底に住む肌の黒いこびとで、サオ族が来る前からそこに住んでいたと考えられています。サオ族の言い伝えではこびとは高度な農耕技術を持っており、サオ族はこびとから農耕や道具の作り方を学び、両民族は仲良く暮らしていたのだそうです。

五峰のpaSta'ai

これらの例によると、それぞれこびと(矮黑人)との関係は友好的・敵対的という違いはあるものの、こびとは身長が低く、肌は黒く、高度な農耕技術を持っており、それを台湾の原住民族(オーストロネシア語族)に伝えたという共通点があります。

こびとは今の原住民族が来るより前に台湾島に住んでおり、今では滅びたか同化したと伝説は語っています。



五峰のpaSta'ai

このように神秘的な台湾のこびと伝説ですが、こびとの実在を物語るような考古学的な論文が2022年10月に発表されています。

その論文は洪曉純らのチームが台東県成功鎮の小馬洞で行った調査で、6000年前の女性のものと思われる頭骨の一部と、それと同一人物の大腿骨が発見されたというもの。大腿骨のサイズから類推して、身長は139cm程度と考えられるそうです。

台東の洞窟で発見された骨のDNAを調べたところ、同時代のアフリカにいた人類の骨のサンプルとの類似や、形状がアフリカやフィリピンで出土した「矮黑人 Negritos」(オーストロネシア語族とは異なるグループ)とも似ていると指摘されています。

今回発見されたのは骨の一部のみなので、これをもって「台湾にこびとは実在した」と言い切れるものではありませんが、かつての台湾に存在したと伝わるこびとの研究が一歩進んだと言えるのではないでしょうか。






新竹五峰paSta'ai会場への行き方


新竹縣五峰鄉331-2號(map)

新竹県五峰郷のpaSta'aiは、賽夏族民俗文物館前の広場で行われます。竹東から122号線の山道を登って行き、下の画像の「五峰鄉賽夏族祭場」入り口の門をくぐり、さらに坂を登って行ったところにあります。

会場への入り口

公共交通機関は、竹東のバスターミナルから朱家莊(この門の前)までのバス5630Aがありますが、往路の最終便が16:30、帰りの便のことも考えると、paSta'aiが行われる時間帯との相性があまり良くないように思います。

できれば車かバイクで、自転車でも行けないことはないですが…。




会場入り口


終わりに

五峰のpaSta'ai

今回はサイシャット族の祭祀paSta'ai(パスタアイ矮靈祭)を見学してきた話でした。

同時期に発表されたこびと(矮黑人)に関する考古学的な発見もあり、これからさらに調査が進めば、台湾にかつて暮らしていた台湾の原住民族(オーストロネシア語族)とは異なるグループの存在が明らかになっていくのではと期待が高まります。




参考リンク

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