台湾には伝統的な洗い場が数多く残っており、中には洗濯をする女性でにぎわう現役の洗い場も少なくありません。台湾北部の桃園市八徳区は客家人の多いエリアで、霄裡(客:Sêu-lî、華:xiāolǐ)には10ヶ所ほどの洗い場があります。日常生活と信仰、農村と水文化など、洗い場という空間を通して、人類と土地との関係を考えるきっかけとなりました。
洗い場は女性たちの社交場
「家に洗濯機はあるけど、伝統の洗い場に通うよ」
これは台湾各地の洗い場を巡る中で何度も耳にした話です。彼女らが洗い場に求めているのは話し相手。毎日決まった時間に集まる主婦たちは、洗い物をしながら噂話に花を咲かせたり、情報交換をしています。
前回の記事では新竹の暁江亭や台中の大茅埔の洗い場を紹介しました。こちらでは廟と洗い場、茶亭が一体化した社交空間となっていました。
桃園市八徳区の霄裡でも、洗い場は現役で使用されており、多くの女性でにぎわっていました。
豊かな水文化が育まれる桃園の霄裡へ
桃園市八徳区の霄裡は、台鉄の桃園駅と中壢駅の間にある内壢駅から南へ進んだところにあります。
霄裡は泰緬孤軍が移り住んだ眷村の忠貞(龍岡)エリアの隣で、龍岡からは坂を下ったところにあります。こういった崖の地形は湧水が出やすく、日本統治時代には《台灣日日新報》に霄裡は「靈泉」の町だと伝えられるほど、湧水で有名な地域です。
湧水を利用した洗い場が霄裡には10ヶ所ほどあります。
もともと霄裡は平埔族のケタガラン族が暮らす地域でしたが、清代に漢人が移住して来ると、特に客家人が多く住むようになりました。霄裡ではケタガラン族と客家人が共同で水路や溜池を開拓するなど、民族を超えた協働があったようです。
ここに暮らす一族は盧、吳、謝、李、袁などがおり、それぞれ家族ごとに洗い場を持っていたようで、それが現在にも受け継がれています。
霄裡の洗い場は地元の文化として親しまれており、地元の小学生が自由研究で湧水の水質調査をしたり、高校生が洗い場の掃除を自主的に行ったりと、若い世代にとっても身近な存在となっています。
さらには中原大學の陳其澎老師の指導の下、大学の社会的責任(USR)のプロジェクトとして、水文化を中心としたまちづくりが進められています。
霄裡から坂を上って龍岡方面へ行ったところに「桃園北部客家會館」(map)があります。
| 桃園北部客家會館 |
その展示に、地元の文化として各一族のお屋敷と洗い場のマップがありました。洗い場が地域の重要な文化として認識されていることがうかがえます。
| 桃園北部客家會館・霄裡の文化マップ |
番号が付けられている霄裡の洗い場は以下の通り
- 1號浣衣池:白馬泉 福山宮
- 2號浣衣池:福泉宮(盧家)
- 3號浣衣池:石石母娘娘廟(吳家)
- 4號浣衣池:盧家浣衣池*
- 5號浣衣池:何家浣衣池*
- 6號浣衣池:李家浣衣池
- 7號浣衣池:袁家浣衣池
*4と5の洗い場はすでに荒廃しているよう
| 桃園北部客家會館・洗い場について |
洗い場を表す用語はいくつかあり、「洗衫坑 seˋ samˊ hangˊ」 というのは客家語だそうですが、霄裡では「浣衣池 huàn yī chí」と書き表されています。
社交空間としての廟と洗い場
台湾の客家の集落には伝統の洗い場が残されていることが多いですが、廟に洗い場が付設される例も散見されます。
廟というのはそのコミュニティーの中心となる場所に建てられることが多いですが、特に客家の集落では土地の神様は一か所だけでなく、水源や集落の東西南北など、各地に祀られます。
湧水が出るところや道路が交差するところなど、地域にとって重要で便利な場所に廟が作られ、そして水源や利用者にとって便利な場所には洗い場が作られる。洗い場と廟の場所が重なるのも必然だと言えるでしょう。
農村社会では灌漑用水路は廟の近くを流れるように作られるため、水場と廟は元々セットなのかもしれません。(廟が先か、用水路が先かは分かりませんが…。)
霄裡エリアの洗い場で廟に付設されているのは、この3か所です。
- 白馬泉 福山宮(1號浣衣池)
- 福泉宮(2號浣衣池)
- 石石母娘娘廟(3號浣衣池)
福山宮では水の湧き出し口に線香がたてられていました。
水のルール
大伙房浣衣池を訪れた際に、ちょうど現地の方が洗い物をしているところに居合わせ、お話を伺うことができました。
この洗い場は水池が三つの区画に分けられており、用途が決められています。
水源に近い一番きれいな水は作物を洗う水、真ん中の一番広い池は洗濯をする水、三番目は農作業で汚れた靴の泥を落とす水のように分けられていると教えていただきました。
福泉宮(2號浣衣池)でも、水源に近い区画と洗濯をする区画が分けられており、湧き出た水は飲用もできるとも言われていました。訪問時にタンクに水を汲んでいく人の姿も見かけました。
桃園の客家人は座って洗う
| 福泉宮(2號浣衣池) |
いくつが台湾の洗い場を巡る中で、最近気になっているテーマが「洗う時の姿勢」です。
基本的に最も多いのが、低い木製の椅子に座って洗うスタイルです。桃園の洗い場は今の所すべてこのスタイルのようです。水池の周囲には丸石の洗濯石がはめ込まれていることが多いです。
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| 石母娘娘(3號浣衣池) |
ところが、南部の客家人(美濃などの六堆エリア)は立って洗うのだそう。
美濃の客家人は原住民族の暮らす地域と隣り合って生活しており、かつてはたびたび原住民族の首狩りの脅威にさらされていました。そのため川で洗濯をする際には水辺に降りて立ち、岸に目を向けて警戒しながら行っていたと言われています。
この習慣が続いているのか、南部・屏東の五溝水や鹿寮、佳冬でも「立って洗う」スタイルの洗い場を見かけました。五溝水の客家女性は「座って洗うのは閩南人のやり方だよ」とおっしゃっていました。
ただ、南投の埔里や台南の嘉南大圳も立って洗うスタイルの洗い場だったので、これは民族性だけでなく、地形など他の要因もありそうです。
地元の方の案内で、自宅裏を流れる川の洗濯場を見せていただいた!とはいえさすがに今は洗濯機の時代なので、「川へ洗濯に」はしていないそう
— amikawa (@amikawa125) March 23, 2026
興味深いことに、こちらの人たちは川に入って立って洗うとのこと。座って洗うのは閩南人のやり方、という認識らしい#客家洗衣文化 pic.twitter.com/hADsT5qTul
「立って洗うか、座って洗うか」は気になるテーマで、六堆の客家は立って洗うと言った。しかし客家の里ではない埔里や台南でも立って洗う例は見たし、北部の客家は座って洗う…#客家洗衣文化 https://t.co/Hqo7csV0xw
— amikawa (@amikawa125) March 23, 2026
同じ客家人でも北部(桃園)と南部(六堆)では洗い方のスタイルが違うのが興味深いです。
洗い場は、お屋敷に付設されており、その一族だけが使うものもあれば、地域の人がみんなで使う公共性の高いものもあります。公共性の高い洗い場では、洗濯に使うブラシや椅子、桶などの道具を共用することもあります。そういった場合は洗い場の敷地内に道具が整頓されて置かれている様子を見かけることがあります。
| 桃園市崁下湧泉洗衫窟(鎮興里公園洗衣池) |
手洗いする際に必須なのがこの木製の叩き棒です。洗濯ものを湿らせて石鹸をつけて、この叩き棒で汚れを叩き出すのです。熟練の客家女性はマイ叩き棒を所有していることもあります。
| 桃園市崁下湧泉洗衫窟(鎮興里公園洗衣池) |
市販のお風呂用の椅子より低く作られたものや、少し背が高めの椅子があります。それぞれにちょうど良い椅子があるのでしょう。
ここからは霄裡の各洗い場を紹介します。
大伙房浣衣池
| 大伙房浣衣池 |
大伙房浣衣池(map)は霄裡エリアより少し北にある洗い場ですが、霄裡の洗い場の一員として認識されているようです。「大伙房」とは客家人のお屋敷を表す言葉です。
ここは前述のように水池が3区画に分割され、それぞれ作物を洗う水、洗濯をする水、泥のついた靴を洗う水と用途が分けられています。
また、子供たちの水遊び場としても親しまれており、再訪した際には子供たちの姿がありました。
洗濯用の区画には両側に4つずつ洗濯石がはめ込まれています。丸石に洗濯物を広げてブラシで擦っています。
白馬泉 福山宮(1號浣衣池)
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| 白馬泉 福山宮(1號浣衣池) |
白馬泉 福山宮(1號浣衣池)(map)は、福山宮に併設されている100年以上使われてきた洗い場です。
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| 白馬泉 福山宮(1號浣衣池) |
2015年に近隣で工事が行われていた際に湧水が枯れてしまったという出来事があり、住民の抗議運動がありました。
2021年に改装工事が行われ、近隣の生態遊歩道などと共に美しく整備されました。この際に湧水も元通りになったようです。
福泉宮(2號浣衣池)
| 福泉宮(2號浣衣池) |
福泉宮(2號浣衣池)(map)も廟に併設された洗い場です。本来は盧一族の洗い場でしたが、近隣の有志も資金を出して設備を整えたそうです。
霄裡の周辺には戦後に離島の馬祖から移住してきた所謂「外省人」が暮らしていますが、そういった外省人も利用するよ、と現地にいた方に話を伺えました。
伝統の洗い場を利用するのは年配者が多いのですが、こちらでは40代ほどの若い利用者もいらっしゃいました。女性だけでなく男性も洗濯をしており、夕方に訪問した際はたいへんなにぎわいでした。
みなさんバイクに乗って洗い場に通っているそうですが、少し遠いところからもわざわざ洗い物に来ている方もいました。
| 福泉宮(2號浣衣池) |
金属製の屋根と照明も付いている設備の整った洗い場です。電気があるので、早朝や夜にも利用者がいるのだとか。
| 福泉宮の水源 |
水の湧き出し口には線香がたてられています。洗い場の右手には土地の神様が祀られています。
| 福泉宮の神様 |
石母娘娘(3號浣衣池)
| 石母娘娘廟(3號浣衣池) |
石母娘娘廟(3號浣衣池)(map)は霄裡路の中ほどにある呉家のお屋敷の隣にあります。客家の人たちが信仰する石母娘娘を祀る廟の向かいに長方形の洗い場が設けられています。
この洗い場周辺で中原大學の陳其澎教授のチームが大学の社会的責任(USR)の一環として地域創生プロジェクトを進めており、客家の丸石積みの伝統を復活させるなどの環境改善が行われました。
| 石母娘娘(3號浣衣池) |
また、2015年には洗い場の文化資産への登録を目指した活動が行われました。この際、桃園市文化資産審議委員会は「列冊追蹤」という結論を出しています。これは正式な登録ではなく、暫定的な保護に留まり、法的な保護は得られない状態です。というのも、洗い場という空間は土地が私有地であることが多く、申請側も意見がなかなかまとまらないことが原因でもあるようです。
| 信仰の場でもある(石母娘娘廟) |
| 旧暦4月8日には石母娘娘の誕生祭が行われる |
李家浣衣池(6號浣衣池)
| 李家浣衣池(6號浣衣池) |
李家浣衣池(6號浣衣池)(map)は霄裡路沿い、田んぼの前に作られた洗い場です。
石母娘娘廟の洗い場とは異なり、装飾性を省いた実用重視の造りとなっています。
金属製の屋根の下では水場以外の空間も広くとられており、座ってくつろぐこともできるようになっています。洗い物+社交(休憩)という需要を満たすことができる空間です。
| 李家浣衣池(6號浣衣池) |
| 李家浣衣池(6號浣衣池) |
洗い場の水はそのまま灌漑用水路につながっており、背後の田んぼに注がれていきます。
水井仔浣衣池
| 水井仔浣衣池 |
霄裡からは少し離れますが、近隣の洗い場として水井仔浣衣池(map)を紹介します。
桃園市八徳区の白鷺厝の住宅街にひっそりと存在している洗い場で、ここも現役で使われていました。地主の方が毎日清掃をしており、毎月の農暦一日と十五日には水神へのお参りや奉茶の習慣もあるとのこと。
湧水の洗い場と同時に、井戸も設置されており、この水はそのまま飲むこともできると、報道で紹介されていました。
| 水井仔浣衣池 |
私が訪問した時には二名の女性が洗濯をしている最中でした。
| 東泰街公園の洗い場観光マップ |
水井仔浣衣池の近くにある東泰街公園には観光マップが掲示されており、霄裡の洗い場が紹介されていました。
終わりに
新竹の暁江亭で伝統の洗い場という概念を知ってから、自転車旅行の目的地として客家の村の洗い場を巡るようになりました。最初はGoogleマップで検索すれば出てくる洗い場を目指したのですが、その洗い場が霄裡の石母娘娘廟の洗い場でした。
その後、マップに掲載されている場所以外にも洗い場がたくさんあることに気づき、ネットで洗い場情報を漁っては現地へ向かう日々を送っています。2026年4月現在、訪問済みの洗い場は209か所、情報は把握したけれど未訪問の洗い場は130か所あります。まだまだコンプリートへの道のりは長いです。
洗い場データベースに画像を入れる作業をしていた#客家洗衣文化 https://t.co/WsvhaheDJ3 pic.twitter.com/ySxniUgOjA
— amikawa (@amikawa125) April 11, 2026
参考資料:
- 桃園埤圳鏈結國際
- 陳其澎(2012)桃園縣八德市霄裡水文化生態廊道規劃與建構(PDF)
- 大自然的甘泉-竹霄地區浣衣池地下湧泉之探討(PDF)
- 桃園北區客家會館| Bade District
- 圳邊洗衣
- 自發性清掃浣衣池 啟英3生獲讚(2015)
- 霄裡浣衣池枯竭 居民疑建案惹禍(2015)
- 大學生駐點改造 竹霄社區煥然一新(2018)
- 打造「離都市最近的桃花源」 中原用設計翻轉沒落農村(2019)
- 桃園八德霄裡生態池成景觀公園 百年浣衣池回來了(2021)
- 【桃園誌】浣衣交心 霄裡湧泉話家常(2022)
- 八德白鷺里 居民細心守護百年湧泉(2022)
- 桃市文資審議會列冊追蹤8年 霄裡浣衣池仍妾身未明(2023)















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