1960年代台湾・高雄の百樂冰淇淋:ベトナム戦争と米軍、台湾に広がる西洋料理の原風景


高雄にあるアメリカンな雰囲気の一軒のアイスクリームショップ「百樂冰淇淋 Bresler's」。今回は1963年に開業したこのお店をきっかけに、台湾におけるアメリカ・米軍関連の歴史や、西洋料理の普及について探りました。


台湾南部の港町・高雄にアメリカンな雰囲気のアイスクリーム屋さんがあるらしい…ということで、南部へ行った際に寄って来ました。


百樂冰淇淋
801高雄市前金區市中一路225號(map)


1963年創業の百樂冰淇淋 Bresler's

百樂冰淇淋

1963年創業のアイスクリームショップ「百樂冰淇淋 Bresler's」は高雄の前金区に位置し、早くから発展した鹽埕埔エリアからも遠くない所にあります。

百樂冰淇淋・店内

店内のインテリアは昔ながらのアメリカンなテイストで統一されており、とてもかわいいです。なぜ高雄にこんなアメリカンなアイスクリームショップができたのか?1960年代の台湾とアメリカの関係を探るのが今回のテーマです。

百樂冰淇淋の看板

百樂冰淇淋のメニュー

百樂冰淇淋 Bresler'sにはその前身となる乳業の会社の存在がありました。

かつて台北の中山北路三段24号に「百樂奶品」(Bresler)という有名なアイスクリームショップがにあったそうです。

百樂奶品の創業者の柳哲生(1914~1991)は湖南醲陵人で、1937年の日中戦争では空軍の兵士だった人物です。第二次世界大戦後にはアメリカで訓練を受け、空軍総司令を有望視される人材でしたが、1963年に退役し、乳業の会社「百樂奶品」公司を設立します。後にこの会社は百利食品に売却されました。

台北の中山北路といえば現在はフィリピン街となっているエリアですが、第二次世界大戦後から米軍の司令部や外国の出先機関があり、米軍の兵士などを対象とした飲食店やショップなどができ始めました。

▶︎台湾・戦後の残り香を感じる台北のリトルマニラ(フィリピン街)へ

百樂冰淇淋のメニュー
写真付きで分かりやすいメニュー

現在の百樂冰淇淋 Bresler'sのオーナーは黃陳素珠という人物で、高雄で今でも経営が続く60年の老舗となっています。なぜ台北にあったアイスクリームショップが高雄に移ってきたのかはネット情報では分かりませんでした。

高雄に於いては初のアメリカ式アイスクリームショップであり、お店で作られる商品はアメリカのアイスクリームブランドの技術協力があったようです。百樂冰淇淋はスノーマン・サンデーやアイスケーキなどが代表的な商品です。

当時の物価からすると百樂冰淇淋 Bresler'sはお高めのお店だったため、ここでアイスクリームを食べるのは多くの高雄人の憧れだったそうです。


百樂百福(百楽パフェ)

百樂冰淇淋・店内

百樂冰淇淋

アイスケーキも販売している

百樂冰淇淋のアイスケーキ


米軍兵士向けの飲食店の登場

「元台南米軍クラブ」の文字を掲げる角洲牛排館(高雄)

1950年に勃発した朝鮮戦争の頃から、台湾には米軍の軍事顧問団Military Assistance Advisory Group,略称「MAAG」が駐在するようになりました。台北の中山北路周辺や陽明山を始め、高雄、台中、屏東などにも米軍顧問団のための建物が建てられ、米軍兵士を対象としたお店などの名残があります。

顧問団とは別に、ベトナム戦争(1955~1975年)の頃にはベトナムで作戦に従事する米軍兵士が外国で休暇を過ごす制度「R&R休息復原計畫」(Rest and Recuperation Program)(1965~1972年)が制定され、台北の中山北路、高雄の七賢三路、台中の五權街などに米軍休暇兵向けのバーやクラブなどのレジャー施設や、レストラン、売店などが現れました。

R&R計画では台湾に限らず、バンコク、香港、クアラルンプール、ペナン、マニラ、ソウル、シンガポール、東京や、南ベトナム共和国国内のチャイナ・ビーチ(China Beach)なども数日間の休暇を過ごす対象地となっていました。


米軍顧問団関連の建築

1950年から79年まで台湾には米軍顧問団が長期駐在していました。その頃に使われた宿舎や倶楽部の建築が台北の陽明山に残っており、リノベーションされてレストランやカフェになっています。





米軍とR&R計画

百樂冰淇淋・店内

R&R休息復原計畫」(Rest and Recuperation Program)(1965~1972年)はベトナム戦争の頃に制定された米軍の兵士が外国で数日間の休暇を過ごす制度です。期間中には20万人を超える米軍兵士が台湾を訪れたといいます。台湾では主に台北の中山北路、高雄の七賢三路、台中の五權街に米軍兵士が利用するお店が集まりました。

高雄の百樂冰淇淋 Bresler'sも、当時の米軍兵士に大いに利用されたことでしょう。

百樂冰淇淋・店内

台湾における洋食の普及:日本統治時代と冷戦期の米軍

台湾では洋食(西洋料理)の普及には日本統治時代と、米軍駐在期の二つの影響がありました。

日本統治時代の1934年、台北の大稻埕に「波麗路」(ボレロ)という洋食レストランができ、当時の文人や企業家などを主な顧客として発展しました。


もう一つの波が米軍駐在期で、高雄にも米軍顧問団や60年代のR&R計画で滞在した米軍兵士をターゲットとしていた西洋料理レストラン(主にステーキ店)が残っています。

新國際西餐廳

百樂冰淇淋 Bresler'sと同じく高雄の前金区にある新國際西餐廳は台南の陳一族が創業した西洋料理レストランです。日本統治時代に高雄へ移住した陳一家は戦後に鹽埕埔でベーカリー「澳洲製餅舖」(後に澳洲麵包店に改名)を開業し、後にステーキを中心とした西洋料理レストランを開きました。

新國際西餐廳

1950年に朝鮮戦争が勃発すると、高雄の七賢路には米軍が利用する様々な店が林立するようになりました。長男の陳國義は海外で製パンやハンバーガーなどの調理技術を学び、澳洲麵包店で販売しました。

三男の陳國和は日本留学中にバイト先の和菓子屋でベーカリーについて学び、帰国後にパン作りの技術を応用し、澳洲麵包店のパンを改良します。

長男の陳國義は貿易が本業だったため、ベーカリーの隣に委託行(*舶来品を扱う店)「儷人行」を開業しました。後に米軍俱樂部で働いていた料理人と知り合い、陳一族と陳國義が投資して、1963年に「國際西餐廳」を開業します。

翌年に澳洲麵包店の二階(当初はUS Barを営んでいた)もレストランに改装し、店名を「國際西餐廳」とし、後に七賢三路と新樂街の交差点の二階に移転しました。

新國際西餐廳

「新國際西餐廳」の価格は当時の公務員の一か月の給料に匹敵するほどの高級店だったそうです。そのため客層をわけるため1968年(民國57年)に陳家は七賢三路に「綠洲西餐廳」を開業。次男の陳國隆が経営を担いました。「綠洲西餐廳」ではサンドイッチやコーヒーなどの軽食を提供していたようです。(現在は閉業)

七賢路の本店は道路拡張工事の際に面積を減らし、最終的に2001年(民國90年)に営業を終了しました。

民生二路にある現在の店舗は1986年に開業した支店のひとつ。本店は高級路線を続け、支店では中級の価格帯に抑える戦略だったようです。現在は、三代目の陳萬泓に引き継がれています。(画像はすべてこの店舗)

民生二路の新國際西餐廳

新國際西餐廳の由来が入り口に掲示されている

新國際西餐廳の由来が入り口に掲示されている



角洲牛排館

新國際西餐廳と同じ民生二路にある角洲牛排館も、米軍に関連があるステーキハウスです。入り口のガラス扉に「原臺南美軍俱樂部」(元台南米軍クラブ)と書いてあるように、かつて米軍クラブでシェフを務めていた人が開いたお店です。

角洲牛排館

角洲牛排館:入り口に「原台南美軍俱樂部」と書かれている


台湾に於ける米軍駐在期とR&R計画期の流れと、その時期に開業したお店をまとめるとこのようになります。
  • 1950年:朝鮮戦争
  • 同年:1979年の断交まで、美國軍事顧問團Military Assistance Advisory Group,略称「MAAG」が台湾に駐在
  • 1955~1975年: ベトナム戦争
  • 1963年:「百樂冰淇淋」、「新國際西餐廳」開業
  • 1965~1972年:R&R休息復原計畫
  • 1968年:「綠洲西餐廳」開業
  • 1979年:中華民国(台湾)とアメリカが断交


Twitterではバンコク在住の方がR&R計画の頃に米軍兵士が利用したホテルを巡られているツイートを拝見しました。

フロリダホテルにマイアミ・ホテル。R&R計画で最も多くの兵士が訪れたのがバンコクだったようなので、施設も多く、規模も大きいものが今でも残っているようですね。




終わりに


今回は一軒のかわいいアイスクリームショップをきっかけに、台湾に於ける米軍の影響を受けた西洋料理普及の流れを概観しました。

天母や陽明山に米軍関連の施設が残っていることは以前からおぼろげながら認識してはいましたが、米軍に関しても顧問団(長期駐在)とR&R計画(短期の休暇)で訪台した兵士の違いがあることや、R&R計画をきっかけに台湾の観光業が発展したというのも新たな発見でした。しかし駐在米軍についてはこのような正の面だけでなく、性産業などの負の側面もある歴史です。今後も現在に残る建築などから当時の歴史を探っていきたいと思います。

スノーマンがかわいいですね

    参考記事:

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