先史と現代の間にある物語:台湾史前文化博物館の新常設展


台湾東部にある考古学専門の博物館「国立台湾史前文化博物館」の常設展が2023年5月にリニューアルオープンしました。台湾考古学徒としてさっそく見学に行って来たので内容をレポートします。結論から言うと、とても見応えがあったのでぜひみなさんにも訪れていただきたいです。




台東にある国立台湾史前文化博物館

国立台湾史前文化博物館外観

2002年にオープンした台湾で初めての考古学専門の博物館である国立台湾史前文化博物館。その常設展のリニューアル工事が2020年から行われており、約3年間の休館期間を経て、2023年5月19日に常設展がリニューアルされて帰ってきました。

博物館ロビー

史前文化博物館は台鉄「康楽駅」が最寄りですが、台東市街から自転車で30分ほどでもいくことができます。




2023年5月に常設展がリニューアル

まずは地下一階の台湾史前史庁へ

国立台湾史前文化博物館は台湾の考古学専門博物館の代表とも言える館で、リニューアル前の常設展は、地元台東近辺の発掘調査で出土した遺物などだけでなく、台湾全土の先史文化をカバーする内容でした。

今回リニューアルされた常設展ですが、地下一階の「台湾史前史庁」、二階の「台湾自然史庁」、「南島庁」の三つのテーマで構成されており、台湾の先史文化だけでなく、台湾島の成り立ちを解説した地質学的な部分から、台湾島で暮らしてきたオーストロネシア語族(南島語族)の文化まで扱っていました。

台湾史前史庁

台湾自然史庁

南島庁


考古資料から見る台湾の先史時代「台湾史前史庁」



「台湾史前史庁」は典型的な考古学展示で、発掘調査で出土した遺物や遺構、現象を元に、かつてこの島に暮らした人々の文化のありかたを復元しています。

展示室は真ん中の特別展スペースを囲むように回廊状に配置されており、旧石器時代から歴史時代の直前である500年前までの考古文化について解説があります。

台湾の旧石器時代

台湾の旧石器時代について調査されているのは主に東海岸にある海蝕洞の遺跡で、八仙洞遺址に代表される長濱文化が知られています。年代はおよそ3万年前のものです。これまでの研究では旧石器時代と、5~6000年前から始まる新石器時代の人々とは繋がりはないと考えられています。

台湾の旧石器時代遺跡と打製石器

台湾の新石器時代

旧石器時代の人々が何らかの原因により姿を消し、5~6000年前に海の向こうから農耕技術を持った人々が台湾島に来訪しました。台湾の新石器時代の始まりです。

新石器時代の土器

新石器時代に入ると、人々の生活領域は台湾各地に広がっていき、制作される土器にも地域による違いが生まれたりなどの変化がみられるようになるとのこと。

台湾の「縄文」土器は縄目の文様を叩いてつける

台湾各地の土器の地域性比較

地元である台湾東部のものだけでなく、台湾各地の遺跡から出土した土器も展示されています。

土器の取っ手

土器の制作風景

木の棒に縄を巻きつけた道具を使い、土器表面に文様を打ち付けていく

かわいいですね

埋葬文化

出土した埋葬跡を復元し、背景には当時の高床式の家屋が描かれていたりと、模型やジオラマを使い、当時の人々の文化をわかりやすく展示しています。

台湾東部から各地へ渡った玉(ネフライト)

玉製品(ネフライト)

台湾の新石器時代文化で特に見応えがあるのは玉(ネフライト)製品の展示です。台湾東部、花蓮の豊田というところで採れる玉を加工した装飾品は、新石器時代中期には台湾東部の遺跡だけでなく、内陸や山の上の地域でも出土しており、当時から島内の交易があったことを物語っています。

参考資料
臺灣玉的奇幻旅程-The Fantastic Journey of Taiwan Jade(オンライン展示)

卑南文化の玉(ネフライト)の耳飾り

玉製品(ネフライト)

台湾出土の玉製品の展示

特徴的な形状をした玉の装飾品

特徴的な形状をした玉の装飾品

特徴的な形状をした玉の装飾品

特徴的な形状をした玉の耳飾り

特徴的な形状をした玉の装飾品

人獸型玉玦(卑南遺址 2800~2500年前)

台湾の玉製品は台湾島各地だけでなく、東南アジアへももたらされていました。

↓はタイのウトン国立博物館(map)へ行った際のツイートですが、これは東南アジアで「Ling ling-o」と呼ばれている玉の装飾品。

フィリピン、ベトナム、タイなどで出土したものに、台湾花蓮産の玉が使われた例もあるようで、かつてのオーストロネシア語族が共有する文化だったのかもしれません。


▶︎ドゥヴァーラヴァティー期の展示を見に、ウトン国立博物館へ | U-Thong National Museum


東南アジアに広がるLing ling-oですが、台東の舊香蘭遺址から同型の玉飾りが出土しています。紀元前2000年頃の新石器時代、台湾島は玉を通して東南アジアとつながっていたのか…。とてもロマンを感じる展示でした。

台東・舊香蘭遺址出土のLing ling-oと同型の玉飾り


台東・舊香蘭遺址出土のLing ling-oと同型の玉飾り

台東・舊香蘭遺址出土のLing ling-oと同型の玉飾り

玉製品の展示の次のコーナーにある人型の模型をよく見ると、それぞれが玉の装飾品を身につけており、当時の人がどのように装飾品を使っていたのかがわかるようになっていました。

当時の人々の仕事の様子を再現した模型

玉でできた耳飾りや首飾り、腕飾りを身につけている人

石版で棺を作る様子

副葬品として埋められた動物型の土器

その後も新石器時代の様々な文化の様相が展示されています。例えば台湾東部の各地で栄えた巨石文化について。石棺や石壁、巨大な石の円環などが出土しています。

新石器時代の台湾東部に栄えた巨石文化

新石器時代の台湾東部に栄えた巨石文化


時代も降ってきて、金属器時代に入りました。

台湾の金属器時代でよく知られているのは新北市八里の十三行文化です。なんと台東の舊香蘭遺址で出土した鋳型(模具)と同じ型で作られたと思われる青銅器の柄が、遠い新北市の十三行遺址で出土しているそうです。

鉄器時代の鋳型

展示室における大きさのインパクトは強大で、鋳型をビッグサイズにしたこの模型は単純に人の目を惹きつけるパワーがありました。

鉄器時代の鋳型と、その型を使ったと思しき青銅器

鉄器時代の鋳型

「台湾史前史庁」のラストは約500年前の台湾。「歴史時代」を文字による記録が残る時代と定義するならば、台湾における歴史時代は今からおよそ400年前、17世紀にオランダ人が上陸してからを指します。この頃にはすでに台湾島の外部とも交易などによる一定の接触がありました。

先史と歴史の間の時代

中国の華南地方産の青花瓷(染付磁器)や貨幣、瑪瑙などの装飾品など、外来の品物が台湾の原住民族の祖先の集落で見られるようになります。代表的な遺跡は台南の「社內遺址」や、宜蘭の「淇武蘭遺址」など。

対岸の華南地方から来た青花瓷

旧石器時代〜新石器時代〜金属器時代から歴史時代へと、時系列に沿って台湾の先史時代の文化を総合的に学ぶことができる展示でした。


地質学から台湾島の成り立ちを知る「台湾自然史庁」

台湾自然史庁

台湾の考古学を語る際に、この島の成り立ちを地質学的な観点から知っておくのも大事だよと教えてくれる展示です。

台湾はユーラシアプレートとフィリピン海プレートの境界にある島ですが、氷河期に海水面が下がった際には大陸と陸続きになり、大型の動物がこの地域にもやってきました。

最終氷期が終わった後は島となり、周りを海で囲まれるようになりました。

地質学の視点から台湾の成り立ちを知る


台北盆地はかつて塩水湖であったことや、台湾東部は現在も隆起を続けているため古い遺跡ほど山の高いところにある…など、台湾考古学を学ぶために知っておくべき前提知識を得ることができます。




オーストロネシア語族のあゆみを知る「南島庁」

「南島世界・世界南島」がテーマ

「これも”先史文化”の展示と言ってもいいのか?」と疑問を覚えるような、人類学・民族学的なテーマを盛り込んだオーストロネシア語族(南島語族)に関する展示を行う「南島庁」。

南島世界・世界南島

「南島庁」の最初のコーナーで「Kita 我們(私たち)」という枠組みが提示されます。東南アジアの島嶼部から太平洋地域、マダガスカルやイースター島にまで広がる語族であるオーストロネシア語族(南島語族)の文化の出発点は台湾であるという学説があり、台湾の原住民族と大洋に広がる人々との間に共有される文化があります。

この展示では海洋民族の性格を持つオーストロネシア語族の文化や、歴史上の経験、現在に続くストーリーが繰り広げられます。

大海に広がるオーストロネシア語族のファミリー

オーストロネシア語族拡散の物語


考古学は人類学の一部?

海洋民族としてのオーストロネシア語族

常設展の「台湾史前史庁」や「台湾自然史庁」の雰囲気とは打って変わり、みんぱくのような民俗資料や人類学資料が盛り込まれた展示が目の前に現れました。

実は台湾ではアメリカの学術分類に習い、考古学は人類学の一分野だとみなされているというう背景があります。また、台湾の先史時代に暮らした人々は文字を持たない民族であったことで、17世紀まで”先史時代”であったことや、その時代の人々が今の原住民族の祖先へとつながっていくということもあり、人類学的なアプローチは考古学の研究にも重要視されてきました。

まるで民族学博物館のよう


南島庁の展示は「Kita我們」、「理解」、「邊界」、「交換」、「溝通」、「認同」という6つのチャプターに分かれており、台湾と世界のオーストロネシア語族の間を行き来しながら、両者の世界が語られていきます。

民俗資料の解説が流れる装置

アミ族(台湾)の樹皮布

アミ族(台湾)の女性年齢組織に関する動画

高床式の集会所の模型

カヌーとスターナビゲーション

カリマンタンのソンケットや、サラワクのイカットという布

先史時代の展示でも登場した台湾東部豊田産の玉(ネフライト)。東部花蓮の遺跡では加工途中の玉が発見されています。これらは海を渡り、東南アジア各地へも伝わりました。

新石器時代の玉(ネフライト)交易

加工が施されている玉

17世紀頃に取引された商品

大航海時代〜17世紀頃には海外との交易もますます盛んになり、台湾からは鹿の皮が輸出され、替わりにガラスビーズや陶磁器などが輸入されました。

霊芝紋の青花瓷も展示されている

外来政権による統治が始まる

 「邊界」コーナーの展示

植民統治の時代が訪れ、この地に暮らしていたオーストロネシアの人々は外来政権による統治の下で客体として扱われるようになっていきます。

「邊界」コーナーの展示

この頃の台湾原住民族は文明化されていない「番」と見なされたり、統治者による教育が強制され、民族の自尊心が奪われていきました。

「邊界」コーナーの展示


「交換」コーナーの展示

「交換」コーナーの展示

「交換」コーナーの展示

オールブラックスによる「ハカ」。マオリもオーストロネシアのファミリー

原住民族をとりまく様々な視点が与えられ、解像度が上がってゆく

スポーツ、文学、観光…現在の原住民族

「南島庁」最後のコーナーは、現在の原住民族を取りまく様々な視点が与えられます。この辺りまでくると最早「史前文化」との関係が薄くなって来ますが、ここまでの展示を通して先史時代と現在のありかたが線で結ばれ、先史時代は現在と地続きの話なのだと感じられるような気もしました。

また、こういった現代の話題を盛り込むことで、この博物館の展示が台湾人にとって、より「自分ごと」として感じられるような仕掛けになっているのかなと思いました。

野球やバスケ界で活躍する原住民族ルーツの選手たち

スポーツ界で活躍する原住民族ルーツの選手は多く、熱心な台湾プロ野球のファンの方は台湾各地(特に東部に多い)選手の出身中学や高校に”聖地巡礼”する方もいるみたいです(ツイッター情報)。



スポーツ、音楽、文学、観光、映画など、原住民族自身が活躍している例や、それが社会でどのように見られて来たか、自身をどのように認識してきたかが感じられる展示でした。

原住民族ルーツを持つ台湾の歌手たち

原住民族に関するテーマを描いた映画

90年代頃の集落観光ブーム

集落観光がブームとなった90年代には、服装や飲食、踊りなどの原住民族の表象にどのようなまなざしが向けられていたかを考えさせられます。

1960〜70年代、都市部や漁業に出稼ぎに向かった原住民族の人々

60〜70年代には仕事を求めて都市部の工場や炭坑、または港に移り住み漁業に従事する原住民族の人がたくさん現れました。(「都市原住民」で検索)

かつて民族教化の成功例と謳われた「吳鳳」。現在の評価は一転している

清代に台湾に渡った漢人「吳鳳」。この人物は自己犠牲により原住民族の野蛮な慣習である首刈りを止めさせ教化した偉人とされていましたが、近年はその漢人寄りの視点が見直されています。



90年代以降に盛り上がった原住民族の権利を取り戻す運動

戒厳令が解かれた90年代以降には、自分たちの言語を取り戻そうという運動や、かつての政府に奪われた原住民族の土地の返還を求める運動が活発化しました。こういった社会運動の情報が一箇所にまとまっているというのがありがたいです。



第二次世界大戦で兵士として戦った原住民族の人たち

国共内戦に参加した原住民族の兵士

第二次世界大戦後、中国の共産党と国民党の間で勃発した国共内戦。この内戦に原住民族の男性も参加した例があったようです。この展示ではこれまで知らなかった話がたくさん出て来ました。

蒋介石から原住民族の遺族に宛てられた手紙

2021年でも、自身の権利を取り戻す運動は終わっていない

「移行期の正義(轉型正義)」として過去の不正義を考え直す気運が盛り上がる台湾の現在を反映した展示だったと思います。

今回の参観でいくつかのテーマを拾うことができましたが、自分はまだまだ知識が乏しく、消化が難しい内容も多々ありましたが、非常に学びの多い展示でした。

「沒有人是局外人」の文字と原住民族に伝わる文様が入った石



終わりに

台東の街から少し距離のある場所にあり、アクセスしにくい国立台湾史前文化博物展ですが、2023年にオープンした新しい常設展はたいへん見応えがあり、また多くの学びがある内容でした。

考古学に興味のある方だけでなく、台湾をもっと知りたいという方にぜひ訪れていただきたいスポットです。



参考資料


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