伝統の石頭屋と海女文化を守る:台湾最東端の卯澳と馬崗漁村


台湾島最東端の漁村、馬崗(マーガン)。前回自転車旅で立ち寄り、思いがけずたくさんのねこちゃんに会えて完全に良いイメージを持った村ですが、帰宅後に調べてみると、観光開発vs地元住民の伝統家屋をめぐる争いや、古くからの海女文化があることを知りました。


今回の記事では、地域創生・草の根の伝統家屋の保存という角度から、改めて馬崗と近隣の卯澳(マオアオ)を探索します。

台湾最東端の漁村・馬崗へ再び

馬崗漁村

台湾東北海岸に位置する新北市貢寮区の馬崗は、17世紀にスペイン人が初めて台湾島に上陸した地で、当時は平地に住む原住民のケタガラン族の生活領域だったと言われています。その後、福建省漳州出身の漢人が集まり開墾を始め、東北海岸の各地に漁村が作られていきました。



台湾の東北海岸はSUPやスキューバダイビングなどのマリンアクティビティーが盛んで、近隣の龍洞やその一帯は観光客でにぎわいます。馬崗にはそういったマリンアクティビティーはありませんが、潮間帯で海洋生物の生態観察などを楽しむ人の姿や、海辺サイクリングを楽しむ人の姿を見かけます。

ねこ出没・スピード落とせの標識

村に掲示されていたねこちゃんの写真

馬崗は『ねこの村』としての知名度も上昇中なので、ねこちゃんが現れるスポットには観光客が群がります。

しっぽが長い三毛ねこちゃん

馬崗は高齢化による過疎化が進む村。一方ねこちゃんの数は徐々に増え、人口:ねこの比率は2:1なのだそうです。

海辺のねこちゃん

『馬崗記憶生活館』でこの村について学ぶ

馬崗の入口に建つ記憶生活館兼カフェ

馬崗へ到着したらまず目に入るのが『馬崗記憶生活館』という看板が掲げられたこちらの建物。ここでは2018年からこの漁村で起きた観光開発と住民による伝統の家を守る活動を紹介しています。

展示とカフェスペース兼用の『曙。旅』店内の様子

地元の建材を用いた家に住み、海で海藻を採る海女・海男が暮らすのが伝統的な馬崗集落の風景でした。

ところが2018年に村の状況は一変。土地の権利を持つ財団が、突然住民に家を壊して土地を返すよう通告してきたのです。

2018年から石頭屋を文化資産に登録する活動が始まった

伝統的な集落を守るため地元住民が立ち上がり、石頭屋を文化資産に登録するための活動や、地元の歴史や文化を学ぶワークショップが開かれました。

馬崗の歴史年表

2018年からの観光開発の脅威と文化資産登録のあゆみ

活動の成果が実り、2019年には馬崗街11号と12号の石頭屋が歴史建築として登録されました。

台湾東北海岸の海女文化

台湾東北海岸の海女文化に関する展示

馬崗や近隣の漁村には海女文化が根付いています。海女と言っても日本の海女さんとは違い、海にはあまり潜らず、潮間帯で海藻を採集するのが主な仕事のよう。


石頭屋の保存活動に加え、地元の海女文化を伝える活動も盛んに行われています。海女さんのガイド育成や、海女さん体験のできるワークショップも行われているようです。

雜誌:海女誌(残念ながら非売品)

店内で閲覧可能な海女誌という冊子も展示されていました。

馬崗の風景をスケッチしたポストカード

ポストカードなどのおみやげも販売している

ねこの漁村というイメージを確立しつつある馬崗


東北海岸名物のテングサ寒天(石花凍)ドリンク

入口に掲げられたテングサ寒天ドリンクのポスター

『曙。旅』のメニュー。テングサ(石花)ドリンクがおすすめ

台湾の東北海岸一帯では、テングサ(石花菜)という海藻から作るゼリーが名物として知られています。レモンや黒糖で味付けたゼリーや、ゼリーを砕いて飲み物に入れていただくドリンクが各地の観光地で売られています。

新メニュー『海辺の三毛ねこ』

曙。旅ではテングサ寒天に炭酸水や牛乳をミックスした特製ドリンクを販売していました。最東端という土地ならではの朝日をイメージしたドリンクや、海をイメージしたビール入りのドリンクもメニューに並んでいました。

私は新メニューの『海辺の三毛ねこ』をオーダー。テングサから作った寒天(石花凍)と牛乳、黒糖、コーヒーゼリーの入った特製ドリンクで、ねこの漁村・馬崗をイメージしたもの(最高ですね)。

地元団体が作った観光マップを入手


地元団体が作った馬崗観光マップ

店内では地元のグループが製作した馬崗マップを販売していました。地図自体は観光スポットの紹介が書かれているシンプルなものですが、シリアルナンバーが付いており、専用のアプリをダウンロードできるようになっています。(値段は100元か150元でした。失念…)

アプリを起動すると、財団に購入された土地を示す『私人土地』の看板や、伝統の石頭屋のことなどのストーリーが美しい音楽と共に流れてきます。

内容はどこでも聞ける馬崗のストーリーと、馬崗現地の特定の場所でしか聞けないメニューがあります。

曙。旅と馬崗記憶生活館の建物

曙。旅で購入した地図を持って、音声ガイドが聞ける専用アプリをダウンロードしたら、街歩きに出発しましょう。

迫りくる観光開発と土地正義

入手した観光マップを手に、馬崗を歩く

馬崗の村に並ぶ民家の多くは石を積んで作られた昔ながらの石頭屋です。昔から海や近隣の山から切り出してきた砂岩を使い、石灰や海砂をセメントにして石積みの家を作って暮らしてきました。

現在では壁をコンクリートで補強している家もありますが、先祖代々受け継いできた建物が今でも使用されています。

村人は7代~8代に渡り馬崗の石造りの家「石頭屋」に住み、地主に地租を払って暮らしてきました。しかし2018年のある日、住民は”家を撤去して土地を返せ”という内容の『土地收回通知書』を受け取りました。

住民たちの知らない間に土地の所有者が財団に代わっており、財団が観光開発のために土地を明け渡せと言ってきたのでした。

私人土地 請勿擅入(私有地につき立ち入り禁止)

馬崗の村を歩いていると、所々に「私人土地 請勿擅入(私有地につき立ち入り禁止)」という看板が立っているのに気づきます。これは財団が権利を持っている土地だということを表しているのでしょう。

石頭屋を文化資産に登録して保存を目指す

文化資産に登録された石頭屋

自分たちの住む家を失う危機に際し、自然と共に暮らしてきた歴史ある馬崗の街全体を守るべく、当初住民は集落を文化資産の『伝統集落』に登録することを目指しました。

しかし伝統的な石造りの家の一部には現代的なコンクリートなどでの補強が施されており、建築のオーセンティック性が損なわれていたことを理由に、文化資産とは認められませんでした。

そこで住民のグループは戦略を変え、特定の建築を『歴史建築』として登録することを目指すことにしました。

2019年に三貂角文化發展協會が発足され、馬崗と近隣の卯澳で現地の漁村文化の保存に関する活動を行ってきました。

同年、馬崗街11號と12號、28號の石頭屋を新北市に対して『歴史建築』登録の申請を行い、11號と12號の建築が無事に新北市の歴史建築として登録されました。歴史建築に登録された建物は壊すことができないので、観光開発のために撤去されることは免れたというわけです。

潮風から家を守る石の壁

石頭屋で海の幸を味わえる
歴史建築の石壁の前に佇むねこちゃん

太平洋に面した馬崗は、潮風や台風などの自然の脅威に曝されてきました。それらから家を守るために、家の前には石の壁を立てる家もあります。

住む人がいなくなり、荒廃した石頭屋

しかし過疎化の進む漁村でもあるためか、一部の石頭屋は既に廃墟と化している物も見られました。屋根は落ち、植物にすっかり覆われている石頭屋。

のどかな村の道路


伝統の海女文化とテングサ(石花菜)採集

水をかけてすすぎ、乾燥を繰り返すと、この赤い海藻は黄色く退色していく

石頭屋と並んで馬崗の伝統文化として語られるのが海女文化。日本の海女さんと違い、台湾東北海岸の海女さんは素潜りをするのではなく、潮間帯での海藻採集などが主な仕事だそうです。

毎年4月~7月がテングサ(石花菜)のシーズンで、採集したテングサを水ですすぎ、乾燥させるという工程が街のいたるところで繰り広げられています。

吉和宮の前に干されるテングサ(石花菜)

水ですすいで乾燥させるという手順を数回繰り返すと、赤かったテングサが脱色され、黄色くなっていきます。

家の前でテングサ(石花菜)を干す、馬崗の昔からの風景

こちらの民家の前でもテングサが干されていました。乾燥させたテングサを絨毯のようにロール状に転がしていく光景はとても面白いです。

乾燥⇒すすぎを繰り返し、脱色されたテングサ(石花菜)

近くで見るとこんな感じ。この状態のものが袋詰めされてお店で売っているのを見かけます。これを煮出していくと寒天ができるようです。

休日は観光地としてにぎわう馬崗

台湾最東端のカフェ『馬崗街27号』

前回の記事では台湾最東端のカフェとして知られる『馬崗街27号』を紹介しました。ここはもともと職業軍人だった夫婦が退役後馬崗に移住し、2016年に開いたカフェで、2018年以降の文化資産登録などの活動にも中心的な役割を果たしてきたそうです。

休日は観光客でにぎわう食堂

休日には観光客でにぎわう馬崗の街。食堂やカフェも数店舗あります。自転車旅の人の姿も見かけました。食堂ではイカ(小巻)やアワビ(鮑魚)などの海鮮中心のメニューが並びます。

潮間帯で遊ぶ人々

潮間帯では九孔というアワビを養殖しているようです。

港には漁船が停泊している

村のねこちゃんは昼間は日陰で寝ていることが多い

ねこの漁村・馬崗。

昼間の暑い時間帯はあまり出歩いていないのか、海の近くであまり姿を見かけないと思ったら、日陰で休んでいました。ねこちゃん目当てなら夕方に訪れるのが良いかも(とはいえ最終バスが16:30頃だったので交通手段によっては注意が必要)。

日陰で休むねこちゃん

馬崗のねこちゃんはあまり知らない人間に無防備に寄って来ない印象。(それもまたよし)

馬崗を後にし、次は卯澳へ

一通り散策を終えたら、次の目的地であるお隣の漁村・卯澳(マオアオ)へ向かいます。

馬崗から2km、隣の卯澳漁村へ

海沿いの国道2号線を西へ

台湾最東端の馬崗から約2km。海沿いのサイクリングロードを走って10分ほどで卯澳(マオアオ)に到着します。

自転車用の道路が整備されているので走りやすい

海に近いところに自転車用の道路が整備されているので、海を見ながらサイクリングできます。台湾鉄道福隆の駅前にはレンタサイクルのお店があるので、そちらで借りて最東端観光をするのが良いと思います。もしくは台鉄に自転車を載せてくるのもありです。(人車同行で検索)(バスもあるが本数がやや少ない&九份や金瓜石を通る観光に便利なルートもあるけど運転が荒いので酔いやすい)

卯澳漁村の入口

卯澳漁村の入口

国道二号線から卯澳の入口が見えたら、この坂を下っていきます。規模は馬崗より少し大きめの漁村で、こちらでも石頭屋やテングサを干す光景が見られます。

そして、2018年の馬崗と同様に観光開発と漁村文化の保存という対立の舞台となった漁村でもあります。

1832年建立の卯澳利洋宮

石造りの家(石頭屋)

卯澳も伝統的な石頭屋が残る漁村です。しかし2019年に内政府の都市計画によるヨットハーバー建設計画が提唱され、卯澳の伝統的な集落は危機に陥りました。

魚を咥えた三毛ねこちゃんのモニュメント

卯澳も馬崗と同様、土地の権利は財団に渡っており、集落の40%がすでに各財団の手に落ちていました。

卯澳は豊かな海洋資源を持つ天然の漁港であると同時に、スノーケリングやカヤックなどのマリンアクティビティーもにぎわう観光地。ヨットハーバーを作り、さらに観光開発を進めたい政府や財団群と、伝統と天然の海洋生態系を守りたい地元住民団体の対立が起こりました。

魚を咥えた三毛ねこちゃんのモニュメント

2019年には公聴会が開かれ、地元住民は卯澳馬崗保護漁村自救會を発足し、陳情を行いました。その結果、ヨットハーバー建設計画は保留となり、ひとまず卯澳漁村は守られました。

ねこちゃんの集団に遭遇

日陰から出て指の匂いを嗅いでくれるねこちゃん

知らない人間に興味がないタイプのねこちゃん

4月~7月にはテングサを干す風景が見られる

ヨットハーバー建設計画は保留となりましたが、多くの土地の権利が財団の手に渡っている以上、卯澳の住民は安心できません。馬崗と協力して、貴重な石頭屋の文化資産登録計画がすすめられています。

卯澳の二階建て石頭屋『吳家樓仔厝』

吳家樓仔厝

卯澳で最も目を引く巨大な石頭屋がこの『吳家樓仔厝』。珍しい二階建ての石頭屋で、かつては精米工場(碾米廠)として使われていたそうです。

石の積み方の解説

卯澳各地に残る石頭屋ですが、家主の経済力によって異なる石の積み方がされているそうです。

「人字」「平行」「ランダム」の三種

石の積み方は「人字」「平行」「ランダム」の三種あり、経済的に豊かな家は平行積みで建てられたよう。様々な大きさの石がランダムに積まれるのは普通の家。

家の角部分と壁部分では石の積み方が異なる

吳家樓仔厝では、家の角部分が平行積み、壁は人字積みが組み合わされています。

石の積み方には一定の規則がある

地元で採れるサンゴも建材となっていたのが分かる

二階建てだった形跡が残る石頭屋

屋根は既に崩れ、植物が浸蝕している

吳家樓仔厝も文化資産の『古跡』の項目への登録が目指されていました。しかし特殊性が見られないことや、すでにほとんどが崩れてしまっている等の理由から登録には至っていません。現在は馬崗街11号や12号の例に倣い『歴史建築』項目での登録を目指しているようです。

二階建ての碾米廠として使われていた


地元民の共同記憶である理髪店

かつては村唯一の床屋だった石頭屋

もう一つ卯澳住民の記憶に紐づいているのがこちらの石頭屋。かつては床屋だったそうです。漁村として最盛期だったかつての卯澳には200人の小学生がおり、頭髪検査が行われる前日には皆ここに行列をなして髪を切ったとか。

かつては村中の小学生が髪を切りにここに並んだ

建物自体はランダムに石が積まれた石頭屋。一部はコンクリートで補強がされていますが、石積みが露出されている部分も観察できます。建物自体の価値はもとより、地元住民の共同記憶として大切にされているようです。

海の幸を味わう

アイスなどを売る氷菓屋さん

漁村ならではの新鮮な魚介を味わえる卯澳。商店の数は馬崗より多く、休日には観光客の姿でにぎわっていました。

壁にペイントが施された食堂

地元で養殖しているウニ(海膽)やアワビ(九孔鮑魚)、イカ(小巻)などが多くの食堂のメニューに並びます。基本的には料理を数皿頼むスタイルの家族やグループ向けのお店が多く、一人旅だと食べられるメニューが限られてしまうのが少し残念です。(一人旅があまり想定されていないのか台湾は…!)

卯澳小吃

運よく空席が見つかった卯澳小吃へ。海鮮湯麺を注文。具材の種類も多く量もたっぷりでした。

海鮮湯麵

食堂の他にもドリンクやスイーツを提供するお店もありました。やはりここでも石花凍が名物になっていました。

三貂角影像故事屋

馬崗の記憶生活館と同じように、文化保存の拠点となった『三貂角影像故事屋』。私が訪れたときは無人でしたが、2020年には開幕イベントが行われていたようです。


終わりに

ペイントされたブイが飾られる卯澳の家屋

台湾最東端、という部分がすでに自転車旅行者の私には相当ささった馬崗ですが、その歴史文化や近年の文化保存に関する活動などを知るにつれ、ますますこの地に興味が湧いてきました。

『文化資産』の登録に関しても思うことがたくさんありました。馬崗や卯澳の石頭屋は住人によって幾度もの補修が繰り返され、現代的なコンクリートを使った形跡などもあり原型をとどめていないことが文化資産の『伝統集落』として認められない原因となっていました。

馬崗や卯澳の石頭屋は時代と共に保全が行われ、完全に伝統的な工法に基づくものではありませんでした。しかし暮らしてきた人々が加えた調整、それこそが文化の本質だと思うのですが、法律はそういう時代と共に行われた調整をカバーできないという限界が見えました。

観光開発と伝統集落や海洋の保存は、立場によって見え方の変わる問題です。今回の例では、地元住民が伝統の集落を観光開発から守るために立ち上がるストーリーでした。

地元の情報は守護極東-馬崗卯澳馬崗-穿越時空的極東漁村曙。旅などのページから発信されています。


参考記事

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