市民の力で市場再建を目指す:苗栗県苑裡市場の物語


台湾の日常に溶け込んでいる伝統市場は、地元の人々の台所であり、人々の生活の記憶がその場所に結びついています。


古いものでは日本統治時代に公共の市場として建てられたものも台湾各地に残っており、今でも現役の市場として活躍しています。中には台北市の新富町文化市場のように、近年リノベーションされ、新しい文化スポットとして生まれ変わる例も少なくありません。

▶︎新富町文化市場:現代と古蹟の繋がりをつくる日本統治時代の市場建築


今回紹介するのは苗栗県にある苑裡市場。1909年(明治42年)に創設された零售市場で、建物内には食品や日用品を売る店舗が入居し、100年以上に渡り地元の人々に親しまれてきました。ところが、2018年9月14日に火災により大きな被害を受けてしまいました。

そんな状態から如何に再建を目指しているのか、というお話です。

苑裡市場について

苑裡市場周辺には、市場建築を囲む形で多くの商店や食堂がひしめく

苑裡市場は苗栗県の海沿いの町、苑裡(
yuàn lǐ)の鉄道駅から徒歩5分の所にあります。日本統治時代の1909年(明治42年)に建てられた市場建築で、2018年9月に火災被害に遭うまで現役の市場でした。火災後、被害の大きかった店舗は別の場所に臨時移転し営業を続けており、被害の少なかった一部の店舗のみ市場内で営業している状態です。

臨時の移転先を知らせる看板

午後の遅い時間に訪れたからか、営業している店がほとんどなかった

通常、このような伝統市場は朝早くから営業を開始し、昼の3時頃には片付けられていることが多いです。私が訪れたのは夕方5時くらいだったので、営業しているお店はありませんでした。そのためこれが火事の影響によるものなのか、普通に営業が終了した時間だったのかはわかりません(もっと早く行けばよかったです)。

魚丸の老舗の看板

苑裡は海沿いの町だけあり、魚の練り物を団子状にした魚丸が名産です。特にサメの肉を使った味の濃い魚丸で知られています。


2018年9月14日の火災による被害


100年以上の歴史ある苑裡市場の姿を大きく変えてしまったのが、2018年9月14日未明に発生した火災です。700㎡、84もの商店が被災したこの火事で、市場建築の木製の屋根部分が焼け落ちてしまいました。

この悲報は市場で商売を営む店主だけでなく、日々市場を利用してきた一般の市民たちにも大きな衝撃を与えました。

幸い、レンガでできた壁は残っています。また、出火地点から離れた場所にある店舗は比較的被害が少なく済んだようです。


民間の力を合わせて:火災からの復興

火災が起こる前、苑裡市場の建つエリアには鎮公所が主導する再開発計画があったそうです。駅前という立地の良さを生かし、現在の市場を取り壊して新しい商業施設にするという話さえあったといいます。

火災発生後、傷ついた地元の人たちの心を癒すにはまずは今までの生活リズムを取り戻すことだ、と考えた市場の魚丸店の鄭輝煌さんと、社会運動の経験を持つ地元のグループ「掀海風」を中心に市場の自救会が発足されました。

この自救会が発足される以前、市場には名目上の自治会はあったのですが、形骸的なもので実際にはなんの活動もされていなかったそうです。市場の店舗同士にも日常の挨拶以上の交流はなかったのが、今回の火災という悲劇を通して当時者の間に共通の目的が生まれ、ひとつにまとまっていきます。

自救会は市場の人々皆が納得する再建のために、どうするのが最適かを検討した結果、100年の歴史を持つ苑裡市場を歴史建築として文化資産登録を目指すのが良いのではないかという結論に達しました。そして2018年10月から、苑裡市場暫定古蹟化計画が動き始めます。


2019年3月2日の音楽会

火災による心理的なショックと、現実的な暮らしの問題に直面する市場の人々を勇気付けるべく、「掀海風」は音楽会を企画しました。


動画引用元
▶︎我們回來了!苑裡百年老市場受災攤商重返災後現場舉辦音樂會

この音楽会の次の週、3月8日文化資産審議委員会が開かれ、苑裡市場は歴史建築に指定されました。

100年の歴史を持つ苑裡市場は歴史建築になった

2019年3月8日文化資産審議委員会

3月8日の審議委員会で苑裡市場は歴史建築として登録されました。ただ、文化資産になってから実際に市場の建築が当時のように修復されるまでには、まだ長い道のりが待っています。

苑裡市場正門前に立つ看板

2019年7月28日に訪れた際、苑裡市場の正門前には暫定古蹟であるということを知らせる看板が建てられていました。

苑裡市場の正門


2019年4月29日の参加型ワークショップ

自己的市場 自己蓋

2014年の太陽花學運(ひまわり学生運動)以降、「自己的○○、自己○」というスローガンをよく目にします。今回の苑裡市場でも「自己的市場 自己蓋」(自分の市場は自分で建てる)というスローガンがあげられ、イベントやワークショップが開かれました。

この参加型ワークショップでは、店舗、市民、専門家を交えて意見交換をおこなったり、地元の若者たちに市場の暮らしを体験してもらう催しが企画されました。


2019年7月29日公聴会

ちょうど私が苑裡市場を訪れた日の翌日には、市場再建に関する公聴会が開かれるようでした。

7月29日の公聴会開催を知らせるチラシ

苑裡市場の向かいにあるドリンクチェーンにも公聴会のチラシがありました。今回の市場再建への、地元の人々の関心の高さが伺えます。

市場向かいにあるドリンクチェーンにも公聴会のチラシが

苑裡市場内部を歩いてみる

この辺りは火災の被害はなさそう

被災した市場内部。立ち入り禁止エリアには壁が建てられている

市場の二階部分

外壁は無事だが、屋根が焼け落ちてしまった

市場にはだいたいねこちゃんの姿が見られる

営業時間外だからか、臨時の店舗に移転したのか、シャッターの閉まった店が多い

苑裡市場正門

台湾の町の風景に溶け込む伝統市場は、そこに暮らす人々の思い出がつまっています。歴史ある市場建築を、現代の新しいカルチャーの発信地としてリノベーションする台北の新富市場のような例もあれば、今回の苑裡市場のように、今まで通りの生きた市場として、地元の人々が同じ姿のままの保存を望む例もあるということを考えさせられました。

苑裡市場への行き方


台湾北西部の苗栗県苑裡へは、台北駅などからは台湾鉄道海線で「苑裡」駅へ。台北駅から乗り換えなしで苑裡へ行ける便は多くないので、あらかじめ時刻表を調べておくのがおすすめです。

乗り換えありの場合は、台湾鉄道や客運(長距離バス)で「竹南」へ行き、台湾鉄道で「苑裡」へ。「竹南」へ行く便は鉄道・客運共に本数も多いので便利です。

台湾南部から向かう場合は「彰化」から海線に乗り換えて「苑裡」へ。


苑裡市場
▶︎営業時間:8:00~16:00
▶︎住所:苑裡鎮苗栗縣苑裡鎮大同路45號 (map)
▶︎アクセス:台湾鉄道苑裡駅から徒歩5分


参考文献
吳瑞真(2019)苑裡市場的火災與自救:一個超越家族血緣的地方共同體之形成


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