故宮博物院の特別展から見える「台湾」意識

「境界を超えて——海から見た16世紀の東西文化交流」特別展

台北観光のハイライト、多くの人が白菜と肉を目当てに訪れる故宮博物院。歴代中華王朝の宝物を継承する博物館ですが、近年では台湾意識を刺激するような特別展が行われることがあります。今回は2024年2月18日まで開催中の「境界を超えて——海から見た16世紀の東西文化交流」特別展のレビューをお届けします。





故宮博物院(台北)

境界を超えて——海から見た16世紀の東西文化交流

2023年11月23日〜2024年2月18日まで開催中の特別展「境界を超えて——海から見た16世紀の東西文化交流」(無界之涯——從海出發探索十六世紀東西文化交流)を参観してきました。


「境界を超えて 海から見た16世紀の東西文化交流」特別展

この特別展は16世紀頃の世界を舞台に、東西の人々がどのように交流していたのかを故宮博物院などの収蔵品から探る内容で、以下の3つのセクションで語られます。
  • 大航海時代(海の時代)
  • 不期而遇(予期せぬ出会い)
  • 多元新貌(多種多様で新たな様相)
故宮博物院の展示室

イントロダクション

フランスやオランダ、大阪市立東洋陶磁美術館からも出展されている

Maris Pacifici オランダ 1589年原作、1601年版

最初のセクション「海の時代」は大航海時代の物語です。

ポルトガルやスペインがアジアへやって来たことを皮切りに人や商人の東西交流が始まり、上質な中国の染付磁器(青花瓷)はヨーロッパへも輸出されるようになりました。

青花鴛鴦水注 明 16世紀

(左上・右上)青花雲龍紋盤 明 15-16世紀早期
(左下)青花纏枝花卉紋橢圓形蓋盒 明 15世紀早期-16世紀早期
(右下)青花翼龍形軍持 約1575-1600年

青花荷塘水禽紋花口盤 明萬曆
青花賀壽吉慶紋花口盤 明萬曆

青花開光鹿紋碗 明萬曆 1600年
青花花卉紋碗 明萬曆 1600年

青花仕女圖花瓣口洗

クンディ(軍持)と呼ばれる水差し

青花象形軍持 明萬曆~天啓(クンディと呼ばれる水差し)

アジアからヨーロッパへ向かう船の中には不幸にも沈没してしまった商船もありました。

1613年にセントヘレナ沖で沈没したオランダ東インド会社(VOC)の船「ヴィッテ・レーオ」(Witte Leeuw 白獅號)からは大量の中国の染付磁器(青花瓷)が出水しており、相当数の中国製の磁器がオランダを始め、ヨーロッパ各地に渡っていたことを物語っています。

(左)青花碗 17世紀前半 オランダ東インド会社、ヴィッテ・レーオ沈船出水
(右・完形)青花梵盤 明萬曆
(右・破片)青花瓷片17世紀前半  オランダ東インド会社、ヴィッテ・レーオ沈船出水

青花瓷片 17世紀前半 オランダ東インド会社 ヴィッテレーオ沈船出水


陶磁器の東西交流は、17世紀の西洋の絵画の中にも残されていました。



蓋碗 1620-40

静止画に描かれた当該の文物




二つ目のセクション「予期せぬ出会い」(不期而遇)では、文献や商品などを通して当時の人々や物の移動を探索します。ここでは世界史の舞台に登場した台湾にもスポットライトが当たっていました。

歴史の舞台に登場した大航海時代の台湾

1624年にオランダは台南の安平にゼーランディア城を築き貿易の拠点としたため、当時の人々の交易の痕跡が残っています。

安平区では後の発掘調査で灰青色をした壺が大量に出土し、この壺は「安平壺」と呼ばれるようになりました。元々は福建省あたりで焼かれた壺で、なにかしらの商品を入れて台湾へ運び込まれたようです。安平だけでなく台湾各地でも出土例がたくさんあります。

安平壺 17世紀

17世紀の台湾では、台南にオランダが拠点を構え、北部の和平島にはスペインが拠点を築いていました。

2011年から台湾の清華大学のチームがスペイン人が建てた修道院跡の発掘調査を行っており、17世紀を始め、先史時代の遺物などが発見されています。

その際の出土品が今回の特別展で展示されていました。

台湾北部の和平島で出土したスペイン時代の文物

中国景徳鎮産の青花瓷やタイの褐色釉の陶器、そしておそらくスペイン人の聖職者が身につけていたと思われる金属製の十字架などが出土しており、17世紀の人と物の交流を物語っています。

泰國醬釉大罐把手 16世紀末~17世紀初
景德鎮克拉克青花瓷片 16世紀末~17世紀初

十字架 17世紀
金屬帶釦 17世紀

18世紀の台湾の風俗を描いた「蕃社采風圖」には、南米由来の野菜であるトマトが記載されていたそうです。現在の中国語でトマトは「番茄」と書きますが、この当時は「柑子蜜」と描かれていました。

番社采風圖 清 乾隆18世紀

蕃社采風圖 清乾隆 18世紀(部分)




最後のセクションは「多種多様で新たな様相」。地図や陶磁器扇子など、数々の品から当時の物的・人的交流を探って行きます。

当時の航路を学べるゲーム

この皿は日本では「芙蓉手」と呼ばれるタイプの染付磁器です。皿の見込み部分にメインの絵柄を描き、縁には飾り枠を設け、小さな絵柄を入れていきます。中国語では「克拉克瓷」、オランダ語では「Kraakporselein」、英語では「Kraak ware」と言います。17世紀に流行し、日本では有田、中国では景徳鎮、オランダのデルフトでも作られていました。

(左)青花開光盆景花卉圖盤 明天啓(右)青花芙蓉手花盆紋盤 江戶時代 有田焼


巨大で多くの参観者の視線を集めていた17世紀の地図「坤輿萬國全圖」。

坤輿萬國全圖 1602年原作

坤輿萬國全圖(東アジア部分)

坤輿萬國全圖(台湾やフィリピンのルソン島周辺)

「大琉球」と書かれたこの島が台湾でしょうか?

坤輿萬國全圖(おもしろい生き物)

海には今の基準ではゆるキャラと言われそうなおもしろい動物たちの姿があり、隅々まで見たくなる地図でした。


これらのほかにもまだまだたくさんの展示品があり、とても内容の濃い特別展でした。大航海時代に世界史の舞台に登場する台湾——このようなナラティブは台湾の歴史博物館や考古学博物館ではおなじみの構成ですが、故宮博物院でも「台湾」を意識させる特別展が行われたという点からは、故宮博物院のあり方に変化があったように感じました。

とはいえ今回の「境界を超えて——海から見た16世紀の東西文化交流」(無界之涯——從海出發探索十六世紀東西文化交流)以前にも、似たアプローチの特別展や、清代に台湾の原住民族の風俗を記録した文献の展示が行われていました。



中国歴代王朝の宝物展から、台湾の語り部へ

中国歴代王朝の宝物を継承し、1965年に台北にオープンした故宮博物院。宝物が台湾へ渡った背景には中国大陸で起こった日中戦争や国共内戦などの戦乱があり、国民党が台湾に渡ってからは正統な中華文化の継承者を標榜する中華復興運動の象徴として利用されてきました。

そんな故宮博物院ですが、ここ数年で何度か「台湾意識」が高めの特別展が行われてきました。公式サイトに記録がある中(2015年〜)では次の3つの特別展がありました。




これらの展示では、故宮博物院は過去の中国王朝の文物や文献記録から台湾に関するものをキュレートし、台湾がかつてどのような姿をしていたのかを表現してきました。

また2024年5月19日まで行われている別の特別展「院藏清代歷史文書珍品:皇家建築圖檔文獻」でも、台湾の近現代史に少し言及されていて興味深かったです。

皇家建築圖檔文獻



(※開催期間は2024年5月19日までが正しいです。春節期間は休館)

展示のメインテーマは清代の宮廷建築に関する文献資料ですが、国民党が台湾に渡ってから建てた「中華風」の建築についても紹介されており、故宮博物院のあり方に別の角度からスポットライトが当てられていました。

清代の宮殿建築マップ


台北の南海学院には象徴的な中華風建築が建てられた

台北に故宮博物院が建てられた経緯

故宮博物院建築の図案

故宮博物院建築の図案

故宮博物院建設中の記事

故宮博物院建築の図案

21世紀の現在から中華復興運動を振り返ろうという面白い試みだと思います。今の故宮博物院ではこんな展示もできるんだな。


終わりに

パンフレットと図録

中華文化の宝物を保存し、多くの観光客が白菜と肉を見に来る故宮博物院ですが、近年の特別展では台湾意識を感じさせる興味深い語りを披露しています。特別展は期間が限定されるのでいつでも見られるわけではないのですが、機会があればぜひ参観してみてください。



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参観時のツイートはこちら。ブログでは紹介しきれていない展示品も出て来ます。



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