レーワルデンの陶磁器博物館でオランダ陶磁器発展の歴史を探る | Keramiek Museum Princessehof, Leeuwarden


2018年8月にオランダ北部の町レーワルデン(Leeuwarden)にある陶磁器博物館 Keramiekmuseum Princessehof へ行って来ました。



オランダには陶磁器を展示している博物館は全部で4館あります。
  • アムステルダムの国立博物館(Rijksmuseum)
  • レーワルデン陶磁器博物館(Keramiekmuseum Princessehof )
  • フローニガー博物館(Groniger Museum)
  • デン・ハーグ市美術館(Gemeentemusuem)
中でも今回紹介するレーワルデンの陶磁器博物館は、オランダ国内だけでなく、東洋の陶磁器も収集・展示しており、近世以降の陶磁器発展の歴史を学ぶことができる博物館です。


レーワルデンの陶磁器博物館

レーワルデンはオランダ北部のフリースラント州(Friesland)の州都で、2018年はEUの Capital of Culture に指定されており様々な文化的なイベントが催されていました。また、だまし絵で有名なエッシャーの出身地でもあります。

私が訪れた2018年8月には陶磁器博物館では「Made in Holland - 400 years a world brand」特別展が開催中でした。


レーワルデンの陶磁器博物館のこの建築は18世紀 Maria Louise van Hessen-Kassel の宮殿でした。のちに美術収集家のNanne Ottemaにより1917年に博物館としてオープンしました。

2017年には設立100周年を記念して館内のリノベーションが行われていたようで、2017年末に新たにオープンしたようです。そのため、私が訪れた2018年夏には館内は新しく洗練された空間になっていました。現代的にリノベされたインテリアは、ちょうど前年に訪れたアメルスフォールトのフレヒッテ博物館を思い出させました。

▶︎フレヒッテ博物館で古蹟の活用について考える | MUSEUM FLEHITE, AMERSFOORT

館内ではオランダの陶磁器から中国・日本、アールヌーヴォー、レーワルデンのあるフリースラントの陶磁器などを展示しています。

デルフトとマーストリヒト

オランダの陶磁器史において重要な都市といえばデルフトとマーストリヒト。デルフトでは17世紀半ばごろから中国磁器の模倣品制作を始め、オランダ国内の需要を満たしてきました。

デルフトブルーとも知られるデルフトの焼き物は景徳鎮の青花(染付磁器)を模倣した錫釉とコバルトブルーを使用した下絵付けの陶器です。


景徳鎮の芙蓉手(Kraak Porcelain)の文様を模したデザインの他、タイルも制作していたようです。タイルはデルフトだけでなくロッテルダムでも作られていたようです。

デルフト陶器の製作所として1653年に創業したロイヤル・デルフト(The Koninklijke Porceleyne Fles)へも訪問して来たので、こちらについては別の記事でご紹介します。

レーワルデンの陶磁器博物館の展示は、オランダで東洋陶磁器が広まり、オランダ社会や陶器制作に影響を与えた様子を学ぶことができます。

16世紀にはオランダ社会でも王族や貴族などしか所有することができなかった中国の磁器ですが、東インド会社の活躍もあり、17世紀には中産階級・有識者にも普及します。この時代には中国(明)の海禁政策のため中国磁器の輸入ができなくなり、代わりに日本の有田焼(伊万里焼)が登場してきます。

16世紀に中国磁器が贅沢品として重宝されていたことが伺える絵画も展示されており、当時のオランダ人が東洋陶磁器に対してどのようなまなざしを向けていたかを知ることができます。

18世紀に入るとさらに一般大衆へもブルー&ホワイトの陶磁器が広まり、日用品へと変化しました。しかしその後イギリスのストーンウェアが台頭することにより、東洋磁器の輸入は下火になります。


マーストリヒトでの陶器制作はデルフトよりも時代が少し下り、1836年 Petrus Regout によって、近代的な工業生産が始まりました。デザインもデルフトの時代にはブルー&ホワイトばかりだったものがよりカラフルに変化します。


マーストリヒト陶器の最大の特徴は模様付けに下の画像のような型を使っていた点です。これにより模様付けをスピーディーに行えるようになり、一定のクオリティを保つことができます。


日本で江戸考古学や陶磁器を研究をされている教授の話によると、このような型はもともとイギリスで使っていたものを買取り、マーストリヒトで使用していたこともあるようです。

そのため少し前の時代にイギリスで流通していた陶器と同じ模様のお皿がオランダでも流通するようになったのだそうです。


特別展:Made in Holland

2018/02/06 ~ 2020/01/31まで開催の特別展 Made in Holland ではオランダの陶磁器発展の流れを踏まえつつ、現代の要素を加えたオランダのデザインが展示されていました。

Made in Holland

特に興味深かったのはこの茶色の器シリーズです。これらはオランダの北東ポルダー(Noordoostpolder)の粘土を使って作られています。

北東ポルダーはアイセル湖(IJsselmeer)沿いにある干拓地で、オランダで最初にユネスコの世界遺産になったスホクラント(Schokland)もこのエリアにあります。

Made in Holland
スホクラントはオランダ人が昔から水と戦って暮らして来たことを物語る世界遺産です。

「世界は神が作ったが、オランダはオランダ人が作った」と言われるように、オランダ人は干拓によって土地を作ってきました。そんな干拓地の土によって作られた器はまさに「Made in Holland」 を体現していると言えると思いませんか?

Made in Holland

世界の陶磁器発展史を学ぶ

レーワルデンの陶磁器博物館のコレクションの豊富さを感じられる展示室がありました。

オランダだけでなく、東アジア、イスラム圏、欧州などの様々な時代の陶磁器が種類ごとにまとめられており、一通り陶磁器発展の歴史を概観することができます。

イズニックタイル

16世紀のオスマン美術において重要な地位を占めるトルコのイズニックタイル。

9世紀ごろから中央アジアのモスクでモザイクタイルによる装飾が始まりましたが、イズニックタイルはクエルダ・セカもしくはハフトランギと呼ばれる技術で作られた多色彩のタイルです。イスタンブールのトプカプ宮殿の装飾にはイズニックタイルが豊富に使われています。

イズニックタイル


こちらは確かオランダのタイル。人物と動物のモチーフが描かれています。



東洋風の花鳥風月が描かれたタイル。

宜興紫砂茶壺

中国の宜興窯(ぎこうよう)で作られた紫砂(紫泥)の茶器。紫砂壺もヨーロッパで人気が高く、絵画にも描かれることがありました。

宜興紫砂茶壺

典型的な茄子型の茶器から、四角形や八角形のものも収蔵されています。このような紫砂壺は今でも台湾の茶藝館や一般家庭でも日常的に使われています。


マーストリヒトの20世紀の製品
中国と日本の輸出用磁器
ヨーロッパへの輸出用には芙蓉手(Kraak Porcelain)と呼ばれるデザインの皿が好まれていました。皿の見込み部分にメインの図柄を描き、ふちの部分を八分割して様々な模様を描いています。

中国と日本の輸出用磁器
中国と日本で作られた輸出用のティーセット。このような品はフローニンゲンのフローニガー博物館にもたくさんありました。

青磁(セラドン)
中国宋代の汝窯、龍泉窯をはじめ、韓国や東南アジアなどでも作られた青磁。

青磁(セラドン)

沈没船から出水した品
近世の大航海時代にはヨーロッパ、東アジア、イスラム圏などの多くの船が行き交いましたが、無事目的地にたどり着いた船もあれば沈没してしまった船も存在します。

当時の品物を積載して出航した船の積荷は、タイムカプセルのようにその時期に売買されていた商品が残されているため、陶磁器史の研究にとって非常に重要です。沈没船の記録を残した文献資料と照らし合わせることで、特定の時期に流通していた陶磁器の編年や流通ルートを探ることができます。

中東の陶器
染付磁器が生まれる前から現れた下絵付け(釉下彩)の技術で作られたイスラム陶器。

オランダで作られた錫釉の陶器


唐三彩
唐の時代に作られていた三色の釉薬がかかった唐三彩。シルクロードで東西が繋がっていた時代を偲ばせるラクダや外国人の人形(唐佣)。


クンディ
主に東南アジアでよく使われていたと言われるクンディという水差し。

オランダの黄金時代

文化や経済、科学が発展した17世紀はオランダの黄金時代とも言われます。オランダの陶器制作も盛んになり、さまざまな陶器が作られました。



中国の芙蓉手(Kraak Porcelain) と同じ概念で作られた皿ですが、メインのモチーフは西洋的な花のようです。


絵画に描かれる紫砂壺。当時の貴族や王族の間には喫茶の文化が花開きました。オランダ語で茶は「Thee」(テー)と言いますが、これは福建系の茶(テー)の発音から来ていると言われています。茶にはCから始まる「Cha」圏と、Tから始まる「Tea」圏に分かれています。

インドやトルコのチャイは広東系(茶・チャ)の商人からもたらされ、イギリスやオランダのティーは福建系の商人によりもたらされたからではないかと言う話をどこかで読んだことがあります。

伊万里焼の色絵

伊万里焼の色絵

中国の宮廷陶磁器:From East and West

レーワルデン陶磁器博物館の中国陶磁器コレクションの一部が 2017/12/31 ~ 2023/12/31 に開催されている From East and West で展示されています。台湾の故宮博物院に近いレベルの豊富な中国の宮廷陶磁器が展示されていました。

歴代中国王朝の陶磁器

歴代中国王朝の陶磁器

歴代中国王朝の陶磁器
歴代中国王朝の陶磁器

歴代中国王朝の陶磁器

現代の陶磁器アート

博物館の進路の最後の方には陶磁器を使った現代アートや、染付磁器の制作工程を学べる映像などがありました。


その他、中世の貴族の家を再現した部屋もありました。東洋の陶磁器がテーブルを彩り、棚の上には青花の壺などが飾られています。




レーワルデン陶磁器博物館は近世の陶磁器貿易に興味がある人にはぜひ訪れていただきたい博物館です。コレクションの豊富さはもちろん、2017年に館内がリノベーションされたことにより、オランダらしい洗練された空間デザインが素晴らしいです。

参考文献



佐々木達夫・編 中近世陶磁器の考古学《第一巻》収録の 金田明美著『オランダ出土の東洋陶磁器 −その流通と使用−』

オランダにおける東洋陶磁器研究の歴史や、オランダの博物館についてまとめられています。

レーワルデンの陶磁器博物館について



住所
Grote Kerkstraat 9, 8911 DZ Leeuwarden (map)

アクセス
レーワルデン(Leeuwarden)の鉄道駅より徒歩12分

開館時間
11:00~17:00(月曜定休)

チケット
12,5 €
18歳以下やMuseumkaart所持者は無料

ウェブサイト



レーワルデンには私が泊まるような安いゲストハウスはなかったので、訪問時には付近のフローニンゲン(Groningen)で宿を探しました。
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