火災からの再生:新たな100年を始める苑裡市場


台湾西部の海岸沿いの街・苑裡には、約100年の歴史を持つ公共市場がありました。2018年に発生した火災により半壊状態にありましたが、約8年の時を経て2026年9月に市場本館の修復と新館が完成。今回は市場の落成イベントに参加してきたお話です。



台鐵 苑裡車站

台湾西部の苗栗県、海沿いの街・苑裡には1934年に建てられた公有市場がありました。市民の台所として親しまれ、1世紀近い年月が過ぎた2018年、市場建築は火災により半壊状態となりました。

それから8年が経った2026年9月、苑裡の人々が待ちわびた市場の修復と新館が完成し、落成イベントが行われました。

苑裡公有零售市場
苗栗縣苑裡鎮天下路80號

苑裡市場の成り立ち

苑裡市場 本館(1934年に完成、火災後2026年に修復された姿)

中部海側の交通の要衝として栄えた苑裡では清代から官道が敷かれ、当時栄えていた現在の鉄道駅の西側には市が立っていたと言われています。

建築としての市場は日本統治時代の1907年(明治40年)1月9日に設立しました。その後、1934年(昭和9年)に移転・拡張が行われ、現在(2018年)まで使われた本館が完成、その他別館と据賣場が作られました。

1934年に建てられた市場は、排水設備などの衛生管理や採光などが近代的な概念で管理された施設でした。

戦後以降も苑裡市場は中部地区の重要な漁業・農業生産と物資の集積において重要な位置を占めていました。

1973年(民国62年)に大同路そばに二階建てコンクリート(RC建築)造りの建築が完成(零售消費市場)し、売り場の面積が広がり商業の中心としてよりいっそう重視されてきました。

市民の力で市場再建を目指す:苗栗県苑裡市場の物語

2019年の苑裡市場

2019年に公開した当ブログの記事では、2018年の火災発生からすぐに地域で始まった自救会による市場の再建の様子を紹介しました。

2018年に火災被害を受けた苑裡市場(2019年撮影)

市場で魚丸店を経営していた鄭輝煌さんと、社会運動の経験を持つ地元のグループ「掀海風」が中心となり発足された自救会は、音楽会などのイベントを開催したり、市場建築の保存のために、文化資産への登録を目指し活動していました。

火災という悲劇をきっかけに市場の店主や市民がまとまっていき、2019年には市場建築が無事に文化資産「歴史建築」として登録されました。文化資産に登録されると破壊したり改装したりといった変化を加えることができなくなるため、およそ1世紀の歴史を持つ建築本体を残すことが可能になりました。

2018年に火災被害を受けた苑裡市場(2019年撮影)

2018年9月14日、火災により本館と別館が被災してからも、市場で営業していた店舗は臨時市場や建築の周辺で商売を続け、市場建築の復活を待ちわびていました。


苑裡市場開箱!

案内をしてくださるのは設計士のAguaさん

2018年に火災が発生した苑裡公有零售市場。半壊状態にあった本館の修復と、新館の建設が行われ、2026年9月に無事落成を迎えました。落成イベントが行われたのは「全國古蹟日」でもある9月19日(土)でした。

2026年9月19日の市場落成イベント

この日には落成記念として苑裡市場を中心に市場建築内部ガイドツアーやステージ、パレードなどのイベントが開催されました。

2026年9月19日の市場落成イベント

わたしはその内のオープン前の建築内部を見学できるガイドツアーに参加しました。



ガイドツアーは新館からスタートし、山牆・据賣場を周り、最後に修復された本館内部を見学するルートで行われました。

新館建設の2.6億台湾ドルの費用は経済部、苗栗県政府、台湾電力が共同で負担し行われました。歴史建築に登録された本館の修復にかかった9780万元は文化部、客家委員会の補助と、苑裡鎮公所が10%負担する形で行われ、2023年12月に工事が始まっていました。

このように、市場再建のハード面は鎮公所、經濟部、文化部、客家委員會、台灣電力公司といった政府機関や企業の支援で行われた一方、ソフト面では公共藝術やワークショップ(工作坊)など、民間や地域住民の参加型の活動も行われていました。

苑裡市場の学習カード


苑裡市場新館:エスカレーター付きの現代的な市場

エスカレーター付きの菜市場・新館

新館入口

本館の後方に新しく建設された新館は地上二階建ての現代的な建物で、高い天井とエスカレーターがあるのが特徴です。レンガ造りの本館とデザインを統一するように、要所要所にレンガが使われています。

新館の1階は生鮮食品を売るウェットマーケットになる予定で、2階にはカフェも入る予定だとか。9月19日のガイドツアー時はまだテナントは入居しておらず、市場が正式オープンしたら見ることのできない貴重な空の状態でした。

新館一階

エスカレーター付きの市場

建物の各所で存在をアピールしているこのキャラクターは、苑裡の特産であるイグサ(藺草 lìn cǎo)をモチーフとした「藺草娃娃」。台湾西部の海岸沿いの街・苑裡と大甲は共にイグサ製品の有力な産地で、麦わら帽子などを生産していました。

マスコットの藺草娃娃がアイコンになっている

そんな地元の伝統産業を、市場という公共性の高い空間のキャラクターとすることで、地元の人々の記憶を継承していきたいという願いを感じました。

苑裡の特産をアピール

藺草娃娃が持っているのはゴーヤと魚(品種名は失念しました…)。どちらも苑裡の名産だそうです。

市場落成見学会に参加する市民

まだテナントが入っていない状態の市場新館1階

黒色の鉄製の仕切りは、今後入居する各店舗の境目で、各ブース毎に電気と水道が配備されています。今後、ここに野菜や肉、魚などの生鮮食品を扱うお店が入居する予定です。

新館2階から入口を望む

新館2階

2階はドライマーケットになります。カフェや保存の効く食品、その他様々な商品が並ぶことになるでしょう。


藺草娃娃

2階のトイレや授乳室のアイコンにも藺草娃娃。イグサで編まれた服を着ているのがかわいいです。

授乳室やバリアフリートイレのアイコン

新館2階テラスからの風景

2階の東側には外へ通じるテラスと階段が備え付けられていました。外へ出て苑裡の街の賑わいを眺めることができます。

建築設計担当者から解説を聞く

新館2階から外を眺める

新館2階から外へ降りる階段

新館2階テラスから建物の外へ降りていくと、山牆があります。


山牆&地元レンガの公共アート

ステージにもなる山牆

新館2階のテラスから階段を降りていくと見えるのが「山牆」です。これは火災で大部分が消失した元々の建築を修復して作られた壁で、ステージとして生まれ変わりました。

新館から降りていく階段がちょうど観客席になっており、イベントができるようになっています。

表側から見た山牆

山牆を表側から見ると、三角屋根の昔ながらの建築です。日本統治時代の家屋といった風情があります。

市民によるアート作品が展示されている

山牆の隣には市民によって作られたレンガアートが展示されています。これは2025年11月に開催された公共アートのイベントで作られたものです。

苑裡では昔からレンガ生産が行われており、金良興觀光磚廠は観光工場として、DIY活動なども行うことができるスポットになっています。


イベントではそれぞれ地元・苑裡の様々な要素をモチーフに、レリーフが制作されました。その作品が市場北側に設置されています。

市民によるアート作品が展示されている

市民によるアート作品が展示されている

作品を鑑賞するガイドツアー参加者たち

市場の周辺で営業している魚丸の店

ねこちゃんかわいいですね

据賣場はオープンスペースに

レンガアートから本館へ向かう途中にあるのは据賣場だった場所です。ここは半屋外のオープンスペースになっており、休日などには市集(マーケット)などが行われることになるようです。

苑裡市場本館

苑裡市場(本館)

2018年の火災で損壊した1934年建設の市場本館は、外観・内部とも修復を終え、新たなテナントを募る段階に入っています。元々のレンガ造りの外観を大きく変更せず、しかし修復したことがわかるような新旧混ざり合う外観となりました。

苑裡市場(本館)

市場本館の看板文字(修復前と修復後)

修復された本館

黒い屋根瓦や木製の窓枠は、先ほど見学した山牆とも共通した様式です。本館との一体感を出すため、本館の後方に立つ新館の屋根の角度が揃えられているのがわかります。

本館の後方に新館が聳える

苑裡市場 本館

新旧混じり合う壁

本館の照明入口から入ると、L字形の本館の曲がり角の部分に作られた展示コーナーがまず目に入ります。ここでは苑裡市場のこれまでのロゴやマーク、レンガの積み方、建築様式などを集めたボードが展示されています。

本館の展示スペース

本館の展示スペース

イベントができるスペースとして活用できる

本館も9月19日の時点ではテナントはまだ入居しておらず、空の状態でした。すでに各ブースの枠組みは完成しています。木の枠はそれぞれのお店の看板を出すスペースです。

本館を見学する市民

文化資産の歴史建築に登録された本館は、建物に変化を加えることができないため、これらの枠は壁や床に穴を開けないように設置方法が工夫されています。(突っ張り棒方式)

文化資産を傷つけない設計

テナントはまだ入居していない

本館にも生鮮食品や、マッサージ、占いなどバラエティー豊かなお店が入居する予定だそうです。正式オープンが楽しみですね。

苑裡市場(本館裏門)



終わりに

生まれ変わった苑裡市場

市場はたんなる買い物の場というだけでなく、文化や記憶を継承していく場であることが、火災から再生した苑裡市場のケースから感じられました。

今回のガイドツアーでは最後に参加者がそれぞれコメントを発表したのですが、半数が地元苑裡の市民で、小さな頃からよくこの市場に通っており、どれだけ新しい市場の完成を待ちわびていたかということが語られていました。残りの半数はまちづくりや公共アートに関わる人、それらに興味のある一般人(私)でした。

ある空間というのがどのように地域住民との関わりの中で形作られ、地域の集合記憶となっていくかという点が示されたケースだと思います。また、現在生きている私たちも、新たな苑裡市場とともに歩む歴史の一部なのだなと思いました。

新旧混じり合う壁

今回は市場建築の落成イベントということで、この後テナントの入居が完了したらようやく正式なオープンとなります。

私と苑裡市場の縁は、2019年に大学の先輩が書いた苑裡市場の火災からの再生について紹介した論文を邦訳したことから始まりました。7年ほど注目してきた苑裡市場。次は正式オープンした頃に苑裡へ足を運びたいと思います。




市場周辺は人通りの多い賑やかなエリアだ


参考記事

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