インド・サラセン様式の装飾が美しいジャイプールのアルバートホール博物館 | Albert Hall Museum Jaipur, India


2015年夏にインドのジャイプールへ行きました。そこで立ち寄ったアルバートホール博物館の建築がとても美しく、3年経った今でも深く印象に残っています。

訪問後の一年で、大学で古代インドの都市建築やイスラム建築史の講義を受ける機会に恵まれました。今回の記事ではそこで習った内容を交えながら、アルバートホール博物館の建築を改めて鑑賞していこうと思います。





アルバートホール博物館になっているこの建築は、イギリス人建築家のSamuel Swison Jacobによって設計され、1887年に完成しました。

一見西洋風でありインドっぽさも感じる不思議な建物は現在博物館になっており、内部にはインドや周辺地域の歴史的・文化的な遺産が収蔵されています。

ジャイプールの形成の背景


アルバートホール博物館のあるジャイプールは、18世紀に計画されて造られた比較的歴史の浅い都市です。ムガル帝国時期のラジャスタン州は、完全にイスラム教のムガル帝国に服従していたわけでもなく、また完全に独立していたわけでもないようです。


 古代インドには政治論として知られる『アルタシャーストラ(実理論)』や、『マーナサーラ』という文献があり、この中には”理想的な都市”とされるシティプランに関する記載があったそうです。Jai Singh二世(1688〜1743年)は、これらの文献に描かれる理想的な都市をモデルにして、1727年にジャイプールの都市を作ったと考えられています。


アルタシャーストラには古代インドの宇宙観を反映させた都市という概念が登場します。インドの宇宙観に基づくインドの神々の配置と、都市空間における建物の配置が対応させるという原則が書かれており、新しく都市を作る際には、この原則に従いどの位置にどんな建造物を配置するかを決定します。

その原則によると、理想的な都市とは基本的には正方形のシティプランで、大通りによってその正方形をいくつかに分割します。ジャイプールの場合は3×3のグリッドパターンになっており、地図でわかるように、東西南北に2本ずつ大通りが走っています。そして正方形の中心部には寺院が置かれます。

このようなシティプランはインドだけでなく、インドの影響を受けた東南アジアの古い都市でもこのような構造を持つ都市があります。例えばタイのクメール都市・ピマーイなども、完全ではないもののこのような理想的な都市計画に基づいた構造になっています。


アルバートホールは正方形になっているジャイプールの都市の南側にあり、南側のAjimeri門とSanganeri門の中間から伸びた通りの先に位置しています。

インド・サラセン建築とは

アルバートホールが建設された1887年は、インドではムガル帝国が滅亡し、イギリスによる統治が強まった時代です。

このような時代に、イギリス人建築家のSamuel Swison Jacobによってアルバートホールが建設されました。

アルバートホールの建築はインド・サラセン様式というスタイルの建築です。この様式の誕生には西洋の建築史の発展と、インド現地の建築文化と大きな関わりがあります。

18世紀中頃になると、西洋では中国やインド、イスラム世界など”異国風”の建築様式が流行し始めます。

19世紀に入ると、西洋風のゴシック様式の建築にイスラム風のドームなどを取り入れた、西洋とイスラムの折衷のような建築が現れます。このような西洋と異国風の様式が混ざった折衷様式はサラセン様式と呼ばれました。

サラセン様式というのは、西洋からの視点で解釈された異国的な要素を呈したものです。西洋的な建築でありながら、イスラムの伝統的なモチーフや、インドの意匠が混ざり合う様式のことを指します。

アルバートホールの建設においては、イギリスと(イスラムの要素が含まれる)ムガル帝国の様式を折衷したものだと言われています。


改めてアルバートホールの外観を見てみると、多くのインド的要素、そしてムガル帝国の時代の様式の特徴を感じることができます。

個人的には、ムガル帝国時期のアグラに造られたファテープル・シークリーのテラスと似ている点がいくつかあるように思います。


両者ともチャトリ(涼亭)が設置され、通りに面した廊下部分にはアーチが立ち並んでいます。また、テラスで囲まれたスタイルは、暑いアジアの気候に適応して生まれた植民地建築の流れも感じることができます。

細かい部分を観察すると、インドの伝統的な柱は方形であるのに対し、アルバートホールの柱は円柱形です。これは西洋やトルコのイスタンブールにあるスレイマニエ・モスクなどと似ているように思います。

また、正面の一番大きな入り口のアーチはペルシャ由来のイーワーンをイメージしたかのような、ポインテッド・アーチになっています。


アルバートホールは装飾が非常に精巧で華やかです。大理石の柱の装飾はどれも細やかな花や植物などのモチーフが彫刻されています。

後ろの壁には幾何学的なパターンを持つレリーフが刻まれ、緑色のラインで彩られています。

この壁から天井にかけて走る幾何学的で連続性を持つ装飾は、まるでモスクにあるムカルナス(鍾乳石飾り)を模倣したもののように感じます。


 

別の天井にも擬似ムカルナスのような装飾が見られました。

ムカルナスというのはモスクの内部にある装飾のことです。通常は建物内側の壁からドームに繋がっていく部分に現れる幾何学的なパターンを連続させる装飾で、鍾乳石状装飾とも呼ばれます。もともとは方形の壁と円形のドームをつなげるために、構造上必要だったため生まれたそうです。

アルバートホールはドームを頂いていないので、理論的にはムカルナスを入れるような構造ではありません。しかし壁と天井の間にこのような幾何学的な装飾が入れられています。色も柔らかなミントグリーンで、大理石やベージュの建物の外観とも調和しています。

全体的に見ると、その構造に西洋とインド建築の伝統の折衷を垣間見ることができるほか、暑い気候に適応するために生まれた植民地建築の流れや、装飾にはイスラム建築の要素を感じることのできる珍しい建築だと思います。



終わりに

ジャイプールにはジャンタル・マンタルやモンキーテンプル、シティホールなど様々な見どころがあります。アルバートホール博物館は、19世紀のインド・サラセン様式の建築で、建築自体や美しい装飾も見所です。また、内部の展示も興味深い収蔵品が多かったので、一見の価値があると思います。



参考文献

今回の参考文献は、布野修司の「曼荼羅都市―ヒンドゥー都市の空間理念とその変容」と、深見奈緒子の「イスラーム建築の世界史 (岩波セミナーブックス S11)」。

曼荼羅都市は古代インドの宇宙観を取り入れた理想的な都市の実例が語られています。特にアンコール・ワットやジャイプール、タイのピマーイ訪問前に読んでおくと、都市遺跡見学がより楽しめると思います。

イスラーム建築の世界史は、世界の各地で発展した様々なイスラーム建築の時代ごとの様式について知ることができます。イランやトルコ、中央アジア、北アフリカなどへ行く前の予習におすすめ。最後の方にはサラセン様式や現代の建築様式に関わる話も出てきます。

Google Arts & Cultureでインドの11の建築をストリートビューで見ることができます。ムガル帝国時代の建築中心です。











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